第90話 格好悪いスーパーマン

「…こんばんは、徳永さん。お邪魔してしまってすみません。」

 色々聞きたいことはあったが、全て飲みこんで佐藤は努めて明るく答えた。

「いえいえ。僕はもう帰るところでして。」

「えっ。」

 徳永の返しに彩は思わず声を上げてしまった。

「あれ、帰って欲しくなかった?」

「…っ。」

 彩から見た徳永は、自分の反応を楽しんでいる風に見えた。

(一番最悪なタイミングで抜ける奴があるか!!)

 言葉に出せない不満を視線で送ると、徳永はそれを感じ取ったように肩をすくめた。

「噛ませ犬はここでお役御免。応援してるぞっ、ファイト♡」

 指でハートを作りウインクをする徳永。彩はもう反論するのをやめた。

「…なるほど、地でスーパーマンだと勘違いされても仕方ないですね。」

 会計をして佐藤とすれ違う際、徳永は彼にだけ聞こえるように呟いた。

「おやすみなさい、ごゆっくり♪」

 怪訝そうな顔をする佐藤と彩を置いて徳永は颯爽と帰っていった。


「…延滞したDVD返すんじゃなかったのか。」

 佐藤は彩と一席空けて座った。

「…途中で徳永さんに誘われたもので。」

「ふーん?俺とは飲まなかったのに、徳永さんとは飲んだわけだ。」

「……。」

 答えられず、気まずい沈黙が流れた。

「…良い雰囲気のところを邪魔して悪かったな。」

 頬杖を付いたままをそっぽを向いて、佐藤は言った。

「それは…!」

「良かったじゃないか、いい人が出来て。」

「と、徳永さんとはそんな関係じゃありません。」

「じゃあどういう関係?」

 彩の方に向き直った佐藤の顔は険しかった。

「…相談役というか。」

親友高田にも弱音を吐かないお前が相談?よっぽど気を許してるんだな。」

「佐藤さんには関係ないじゃないですか!」

「あぁ、俺には関係ないね。お前が誰と付き合おうがお前の勝手だよ!」

 彩は立ち上がった。

「じゃあなんでいつも私の前に現れるのよ!!」

 徳永の応援虚しく、雰囲気は最悪だ。

「いつもいつも私が困った時に現れて、何でも無いような態度でさらっと助けて、お礼を言う前にどっか行っちゃう。おまけに”私を覚えていて”なんて意味深なメッセージを送ってさ!アンタは私をどうしたいのよ!?」

「いつだって助けたいって思ってる。」

 彩の悲痛な叫びに、佐藤は真摯に答えた。

「…生粋のスーパーマンね。」

「そう思われてるなら、そうかもな。」

「人助けしたいなら他を当たって。」

 力なく言う彩に、佐藤は訂正を加えた。

「誰でもいいわけじゃないぞ。お前だから、助けたいんだ。」

「……。」

「お前には、幸せになって欲しい。…だから俺はいつだってお前が困っていたら助けたいし、お前が笑っていられるなら―」

「私、”お前”って名前じゃない。」

「…っ、あ、彩が、笑っていられるなら、俺は、何だって…、する。」

「…格好がつかない人。」

 肝心な所でしどろもどろになっているスーパーマンを見て、彩は肩の力が抜けてしまった。

「お、お前…、俺の決死の名前呼びを…。」

「あんな話され方したら、いくら名前呼びされてもときめきませんよ。」

 彩はため息を吐きながら、マスターにカクテルを頼んだ。

「メリー・ウィドウを。」

「!」

 メリー・ウィドウのカクテル言葉は、”もう一度素敵な恋を”。佐藤はそれに気づいて顔が熱くなった。

「いい所、取るなよ…。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る