第88話 逆
仕事が終わった後、彩は自宅には帰らずある焼き鳥居酒屋へ立ち寄った。
「いらっしゃいませー!」
ここの店は馴染みの店で、思い悩んだ時はいつもこの店で一人焼き鳥をかじりながら大酒を飲む。そうして何もかもどうでも良くなった辺りで店の人にタクシーを呼んでもらい、帰るのだ。
「彩さん、今日は何に悩んでるんですか?」
大学を卒業したばかりくらいだろうか、若い店員ががカウンター越しの彩に話しかけてきた。
「…あれ、君前から居たっけ。」
「酷いなぁ、いつもベロベロになった彩さんにお冷飲ませてるの僕なんですよ?」
心外だ、と言ったふうに彼は腰に手を当てた。
「君が…?ごめん、全然覚えてない。」
「まぁ、いつも僕裏方してたんで。水飲ませてる時にしかほぼ会ってないし記憶なくても仕方ないか…。」
しょんぼりしながら青年は焼き鳥に塩を振った。
「裏方から焼き役になったって事は、かなり出世したんだね。」
「そう!そうなんですよー!彩さんとこうやって対面しながら仕事したかったんで、嬉しいです。」
青年は心底嬉しそうにニッコリ笑った。
「えっ、そんなのを目標にしてたわけ?」
「そりゃ、彩さんは馴染みのお客さんですから。いつも何に悩んでるのかなぁって思いながら見てたんですよ。」
まさか名前も知らない年下の男の子に心配されていたなんて。彩は恥ずかしいやら情けないやらで彼の顔を見れなくなった。
「…私って、やっぱり迷惑かける質なのかな。」
「え?なんでです??」
「…直属の上司に助けられっぱなしなの。遠くに居ても、走って駆けつけてくれて。…それだけ私は心配をかけてるってことだよね。」
日本酒が注がれたグラスに視線を落としながら、年下の男の子に話す内容ではなかった、と少し後悔した。
「…僕、バイトいくつかかけ持ちしてたことがあったので分かるんですけど、見放してる部下には上司は手をかけないです。もし彩さんがいつもその上司に助けられているなら、それだけ期待されてるか好かれてるかどっちかだと思いますよ?」
「期待、ねぇ。」
「ま、遠くからでも駆けつけて助けてくれるなら後者だと思いますけど。」
店員はふふ、と笑いながら焼き鳥をひっくり返した。
「ち、ちが…!」
言い返そうとした時、店に新たな客が来たのか店員達がいっせいに「いらっしゃいませー!」と声をはりあげた。
「あ、1人なんでカウンターで…」
聞き覚えのある低い声が入口付近から聞こえてくる。
「1名様ですね、こちらへどうぞー!」
女性店員が彩のひと席空けて隣に客を案内した。
「あれっ、坂並?」
今1番会いたくない人物の声だ。
「…どうも。お疲れ様です、佐藤さん。」
「お2人は知り合いですか?」
「あぁ、そうなんです。彼女は俺の部下。同じ会社なんです。」
事情を知らない佐藤はご丁寧に店員に自分との関係を説明した。店員はハッとして、そしてニヤニヤこちらを見ながら対応した。
「そうだったんですね〜!彩さんからお客さんの事、伺ってますよ〜♪」
(バカっ、なんで余計なことを…!)
「俺の事を…?何、なんて話したんだ?」
興味津々で聞いてくる佐藤。まさか、本人の目の前で言えるわけが無い。
「八方美人のスーパーマンが居るって話してたんです!」
彩はそう言って立ち上がり、「お会計!」と若い店員に睨みながら伝えた。
「あれー、良いんですか?折角上司の方と親睦深められるのに。」
「き、今日は延滞してるDVD返さなきゃだから!」
彩は佐藤の顔をまともに見ることなく会計を済ませ、帰って行った。
「…俺、嫌われてんのかな。」
彩の背中を見送りながら、佐藤はしょんぼりした。
「いやいや、逆ですってお客さん。あの反応はどう見ても…くくくっ。」
笑いながら焼けた焼き鳥を皿に盛り付けていく。
「逆?」
勘の悪い佐藤は首を傾げた。
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