第87話 揺れる心

 あの飲み会から数日経った今でも、彩の心のモヤモヤは晴れなかった。それどころか佐藤に会う度動揺してしまう自分が居て、それが山下が言っていた好意なのかどうなのか毎回考えさせられるのであった。

(なんで佐藤さんなんかに動揺しなきゃいけないのよ…。あんな、誰にでもいい顔する人…。)

 モヤモヤしながらコピーをとっていたら、背後に誰かの気配がした。

「坂並くん、体調大丈夫かね?」

「!…東堂部長。」

 東堂は営業部の部長で、仕事は出来るが手癖の悪い人で有名だった。

「無理をしなくて大丈夫だからね。なんなら、休憩室までついて行こうか?」

「い、いえ、大丈夫です…。」

「先日の体調不良もある、無理しちゃダメだよ。」

 そう言う部長の手は彩の腰に回されていた。

「…!ぶ、部長、本当に大丈夫ですので…。」

 上司なので中々強く断れない。生憎、誰も彩たちには気づいていない様子だった。

「さぁさぁ、無理しないで。倒れられたら僕が上に怒られちゃうから。」

「あ、あの…」

 普段は気の強い彩も、部長の圧力には勝てなかった。


「部長!すいません、至急相談したいことがあるんですが今大丈夫ですか?」

「!」

 廊下に出た辺りで佐藤が慌てた様子で駆け寄ってきた。

「佐藤くん。なんだね?僕は今坂並くんを休憩室に…」

「わ、私は一人で行けますので!」

「…だそうです。すみませんが、宜しいですか?」

「し、仕方ないな…なんだね?」

「実はー…」

 佐藤は東堂部長と話しながら遠ざかっていった。

「……。」

 呆然と佐藤の背中を見つめていると、いつの間にか美鈴の姿があった。

「彩ちゃん、危ないとこだったね。」

「美鈴!」

「佐藤先輩、私と打ち合わせしてる途中で急に駆け出すんだもん、何事かと思っちゃった。」

 全く、と美鈴は肩を竦めた。

「ヒーローは大変だね。でも彩ちゃんが部長の魔の手から助かって良かった。」

「…どんだけ視野広いんだか。」

「ねー。でも、彩ちゃんのことは特別な感じるすけどなぁ。」

「え?」

「先輩、確かに皆に目を配ってるけど、彩ちゃんの事は特に心配してるって言うか。」

 確かに、最近は佐藤に助けられる事が多いかもしれない。

「な、何よ。私が問題児みたいな言い方して。」

「彩ちゃんが問題児?優等生の間違いじゃない?」

 彩は役職には着いていないものの、それ同等の働きを見せ、営業部ではとても評価が高かった。

「先輩が係長から課長に上がる時は、彩ちゃんがきっと係長だよ♪」

 嫌味ではなく、心から言っている美鈴。彩はそれが分かってむず痒かった。

「私が人の上に立てる人間だと思う?自由に仕事してる方が性に合ってる。」

「それも先輩が居たら心配ないって〜♬」

「…そうだね。」

 佐藤の話題が挙がる度に心が揺れる。この感覚はとても久々だった。

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