第84話 買い出し

 二人の仕事が終わったのは定時から2時間遅れた頃だった。美鈴は、LINEで彩にメッセージを送った。


”今仕事終わったよー!…体調どう?”


 直ぐに既読が付いたが、中々返事が返ってこない。美鈴のスマホを佐藤も心配そうに覗き込んだ。

 数分経ち、彩からの返信がきた。


”お疲れー!心配かけてごめん。もう大丈夫!宅飲み、予定通り行ってもいい?”


 返信の内容を見て、佐藤はにやりと笑った。

「…先輩、私より彩ちゃんの事分かってるかも。」


 二人は会社を出てそのまま酒屋へ足を運んだ。

「彩ちゃんは日本酒が好きなんですけど、私よく分かんないんで先輩のおすすめがあったら教えて下さい!」

「おぉ、日本酒は俺も好きだから色々進められるぞ。そうだな、これなんか女性受けするんじゃないかな。」

 そう言って数本日本酒を選んだ。

「高田は何飲むんだ?」

「私はビールかワインですねー。あと酎ハイ!」

「日本酒は飲まないか。」

「飲めなくはないんですけど、過去に飲み過ぎて大失敗しちゃったから飲まないようにしてるんです。」

 てへへ、と頭を掻きながら美鈴は答えた。

「…過去の失敗ねぇ。」

「あ!今やらしいこと考えたでしょう!?」

「考えてねーよ!!…ただ、やっぱり過去の失敗ってその先を怖くするもんかねと思ってさ。」

「あぁー…。」

 美鈴は考えながら店内を回った。

「…失敗した時って、自分だけで完結する時はそんなに引きずらないんですよ。でも、誰かに迷惑がかかったとか、他の人が絡んでくるとまたそうなったらやだなって避けちゃうんです。…私の場合ですけど。」

「他の人が絡むと、か…。」

「彩ちゃんの場合は、二人の命が失われたのは自分のせいだって思い込んでるから次の恋愛にいけないのかもしれません。」

「…ん?二人の命?」

「あ。……はい。彩ちゃん、妊娠してた過去があるんです。…不幸なことに、流産してしまったけれど。」

 ここまで言うつもりがなかったのだが、口を滑らせてしまったので説明するしかなかった。

「…そうだったのか。」

 美鈴の言葉で、佐藤の中でなんとなくだが合点が行った。

「…坂並は、恋愛どころか母親になる資格がないとまで思っているから、ここまで頑ななんだろうな。」

「彩ちゃん…。」

 重い空気の中会計を済ませ、彩のアパートに着いた。


ピンポーン


『はーい、今出る…ってなんで佐藤さんが居るの!?』

 インターホンから焦る彩の声が聞こえる。

「ごめんね、先輩が心配し過ぎて付いてきちゃった。」

「仮にも早退した身だからな、何かあってからじゃ遅いから!」

『…一番酒に弱い人が何言ってんですか。』

 そこまで言うと通話が切れ、暫くして彩が玄関から出てきた。

「おまたせ。…山下さんも呼んだら?またヤキモチ妬くよ。」

「そ、そうだね!先輩、いいですか?」

「え?あぁいいよ。誤解があっちゃまずいしな。」

「ありがとうございます!」

 美鈴は山下に電話をかけ始めた。

「あ、もしもしお疲れ様ぁ〜!急にごめんね。あのさ、今日彩ちゃんと宅飲みするって話してたでしょ?佐藤先輩も来ることになったし、結希くんもどうかな〜って。…来る!?やった♡じゃあ待ってるね〜♬」

 キャピキャピと電話をする美鈴を見ながら、佐藤と彩はコソコソと話した。

「…高田は付き合うとこんな感じなのか。」

「えぇ。激甘でしょ?」

「あぁ。羨ましい気はするけどな。」

「…。」

「お、ヤキモチか〜!?」

「違いますっ!!」

 電話を切ったと同時に彩の叫びが聞こえたので美鈴は焦った。

「えっ、どうしたの?喧嘩??」

「違う。佐藤さんがくだらないこと言うから否定しただけ。」

「そう?いつものやり取りなら良かった。」

「いつものやり取りって何よ?」

「先輩が茶化して、彩ちゃんが怒るってやつ♬」

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