第82話 異変

 完璧にメイクを仕上げトイレから出ると、たまたま資料を読みながら歩いてくる佐藤とぶつかった。

「おっと、悪い。」

「こちらこそすみません。」

 散らばった資料を二人でかき集めていると、佐藤が問いかけてきた。

「…体調でも悪いのか?」

「え?」

「いや、なんかいつもの覇気が無いっていうか。」

「そ、そうですか?てか覇気って。」

「月に一度のアレなら無理せず休めよ、そういう休暇もあるんだs」

「違います!」

 佐藤の言葉を遮るように彩は勢いよく立ち上がって去っていった。

「…気のせいか?」


 デスクに戻った彩は迷いを振り払うように仕事に取り組んだ。半ばヤケとも言える。いつもよりも仕事のペースを上げ、より多くの仕事を引き受けた。

カタカタカタ…

「坂並。」

カタカタカタ…

「…坂並。」

カタカタカタ……

 いくら呼びかけても反応がないので佐藤は彩のワークチェアを引いてパソコンから放した。

「坂並。」

「わっ!な、なんですか急に。」

「急にじゃない、何度も呼んでたんだぞ。…今日のお前やっぱおかしいぞ?普段しないようなミスが多いし。」

 そう言って彩が提出した書類を見せた。納品書の一部の金額の桁が二桁も違っていた。

「…すみません、直ぐに修正します。」

「いや、今日はもう帰れ。本調子じゃない状態で仕事しても効率悪いだけだ。」

「…すみません。」

「責めてるんじゃないぞ?今の状態で定時まで居てもお前が辛いだけだから言ってるんだ。…ってか定時まで持たねーだろ。自分じゃ分かってないだろうけど、今ひどい顔してるぞ。」

 彩は申し訳なく思いながら佐藤を見上げようとしたが、思いの外すぐ近くに顔があって驚いた。

「っ!そ、そんなまじまじと顔見ないでくださいよ…。ご心配おかけしてすみません。…戦力になれそうもないし、お言葉に甘えて今日は帰らせていただきます。」

「おう。部長には俺から言っとくから、そのまま帰れ。一人で帰れそうになかったら付き添いに高田もつけるけど、どうする?」

「はい!!!私心配なので付き添います!!」

 二人の様子を見ていた美鈴はやや食い気味に会話に入ってきた。

「…高田、あくまで付き添いだからな?坂並送り届けたら戻ってこい。」

「えぇ、そんな冷たい。看病も必要だと思うんですよ、彼女には。」

「はぁ。ならお前も半休使え。遊ぶんじゃないぞ、ちゃんと看病しろよ。」

「はい!勿論喜んで♡」

「…付き添う気満々だが、どうする?一人がいいなら高田は俺が引き止めておくけど。」

「…すみません、美鈴には悪いけど一人で帰ります。」

 予想外の返答に、美鈴は目を丸くした。佐藤は「分かった」とだけ応え、美鈴の首根っこを掴んで一緒に彩を見送った。

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