第80話 彩の過去2

「彩さんが美鈴よりもか弱い…?」

 想像が付かない、と山下は腕を組み首を傾げた。

「彩ちゃんには大学生の時に付き合ってた彼が居て、その人が留学先のテロで亡くなったのをきっかけに、今までずっと恋愛してこなかったって話はしたよね?」

「うん。その人と将来結婚しようとしてたけど、両親に反対されて駆け落ちしようとしてた矢先って……。」

「…そう。テロの知らせが入った時にね、彩ちゃん、妊娠してたんだ。」

 美鈴は当時の彩を思い出し切なくなった。

「…三人で新しく生活を始めようと思ってたのに、自分だけが生き残ってしまったって。」

 恋人の誠は銃弾が頭部に当り即死。ショックが大きかったせいか、妊娠5ヶ月だったお腹の子は、残念ながら心臓を止めてしまった。

「誠さんとお腹の子、二人の死によって彩ちゃんは心を病んでしまって。」

「……。」

「一時は自殺未遂なんてこともあって、療養のために大学を中退。とてもじゃないけど勉強どころじゃなかった。」

「…そこからどうやって今の彩さんに?」

「ご両親が心配して新しい恋人をって、知り合いの息子さんを紹介したことがあったんだけど、でも彩ちゃんは”馬鹿にしないで!!”って逆に怒っちゃって。そこからかな、今の性格になったのは。…誰にも弱みを見せない、施しなんて以ての外だって。」

「皮肉なもんだね…。」

「でも前を向くきっかけになってくれたならそれでも良かったと思うよ。」

「マイナスな気持ちが前を向かせるって言うのもどうなのかな…。」

 重い沈黙の中、美鈴がつぶやいた。

「…ガチガチに鎧を着込んで、その鎧の重さでやっと立ってる彩ちゃんにはヒーローが必要だと思ったんだけどね。」

「ヒーロー?」

「うん。絶対無敵っていうか、揺るがない強さを持ってる人。」

「美鈴的におすすめの人が居たんだ?」

「うん。…でもお節介だよね、いくら友達だからって将来に関わる人を勧めるなんて。

「しかも壮絶な過去を持った友達だもんなぁ…。」

「うん……佐藤先輩なら彩ちゃんにぴったりだと入社当時から思ってたんだけどなぁ。」

「え、佐藤さん!?しかも入社当時から!?」

 またもや大きな声が出てしまった山下だが、幸いにも壁ドンはされずに済んだ。

「先輩、私の教育係してくれてたんだ。その時にね、私がどんなミスをしても全部”俺が悪いんです!”って謝って回ってくれて。それだけじゃなくて、私に”ミスなんて気にするな、自分の思うように全力を出せ”って言ってくれて。なんていうか、騎士様みたいな頼もしさがある人なんだよね。今もだけど、オフィスでは男女問わず憧れの存在だよ。」

「…事実だとしてもやっぱり妬けてくる。」

 山下は美鈴に抱きついた。

「ふふ、大丈夫だよぉ、先輩は彩ちゃんに!って思ってたから。」

「なんだそりゃ。恋愛感情抱いたりしなかったの?」

「…一瞬?」

「一瞬!!!」

 山下は絶句したが、美鈴は笑いながら「冗談だよ〜」と言って抱きしめ返した。

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