第78話 鉄の女

 トイレの個室で、彩は必死に連絡先をひたすら漁った。

(この人も違う、この人も違う……。)

 両親が納得する様な将来有望、元々の家柄も良い、性格は明朗快活。そんな人物は、一人しか思いつかなかった。だが、その人・・・は皆のヒーローで、独り占めしていい相手ではない。一度助けてもらったからといって、欲を出してまた助けて欲しいなんて言ってはいけない。

 彩は、個室の外で会話する女性社員たちの声を聞きながら瞼を閉じる。

(…諦めろ。他にいい人が居るはず。)

 そう思い直し、諦めずに連絡先を漁った。そして、德永の名前を見つけたのだった。


***


「…ねぇ、私ってやっぱり誰がどう見ても”鉄の女”かな?」

「さぁ、どうかな。少なくとも、今の彩さんは鉄の鎧を脱ごうとしてるけど?」

 德永が意地悪く笑った。茶化したつもりだったのだが、彩は俯いた。

「うん…。じゃあ、脱いだ私ってどんなだと思う?」

「体の話?」

「茶化さないで。」

「はい。ごめんなさい。」

 謝った後、德永は暫く考えて慎重に言葉を選びながら答えた。

「周りが思っているより擦れてなくて、自分の気持は二の次。ほんとは夢見る乙女なのに、何かに怯えて先に進もうとしない。……そんな感じかな?」

 德永とは仕事以外では今回が初めて会うというのに、自分が予想していた以上に見通されていた。彩は力なく笑い、そのままベッドに倒れた。

「德永さんになら、抱かれてもいいですわ。」

「えっ、何その返答。僕の見立てがバッチリ正解だったってこと?」

「…うん。」

「へぇ。…ちょっと理想が入ってたんだけど、正解ってことは、彩さんは僕の理想そのものの女性ひとってことになるね。」

 德永が彩に覆いかぶさる。

「…ほんとに、いいの?」

 彩の頬を優しく撫で、そのまま首、胸元へとゆっくり指を滑らせていく。

「…。」

 (このまま恋仲になってしまおう。德永さんはいい人だ。自分のことも思いやってくれる。)

 身を委ねようとしたが、德永の手が止まった。

「また”鉄の女”になってる。」

「…え?」

「抱かれてもいいなら、なんで泣いてるのさ。」

 彩は、自覚しないところで涙を流していた。

「こ、これはあれよ、あくびを噛み殺したから滲んだだけで…!」

「すっけすけにお見通しの僕にはそんな言い訳通用しませーん。」

 わざと腕を組んでぷいっとむくれる德永。彩は、観念して謝った。

「…ごめん。抱かれてもいいなんて、こんなシチュエーションで嘘言っちゃ駄目だよね。」

「好きな人が居るんだ?」

「そういうんじゃない。」

「んー、また酔わせなきゃ駄目?」

「そうかも。…また飲みに付き合ってくれる?」

「勿論。どストライクの女性相手ですもの、喜んで。」

 二人はまた顔を見合わせて笑った。

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