第71話 彩のお家事情

 いきなり立ち上がり大声で叫ぶものだから、周りは皆彼女に注目していた。勿論、その中に「先輩」と指を指された佐藤も居た。

「ちょっと…!恥ずかしいから辞めてよ!!」

 彩は顔から火が出そうになりながら美鈴を座らせようとした。

「だってもう先輩しか居ないじゃん、見た目も申し分なし、性格も男らしくて頼られる存在、出世頭で将来有望!非の打ち所無いよ!?」

 追い求めていた宝物を見つけたかのように目をキラキラ輝かせながら、美鈴は興奮気味に彩に言った。

「なんか褒めちぎってくれてるけど、俺がなんだって?」

 佐藤は頼んだカツカレーを持ちながらこちらにやってきた。

「先輩、単刀直入に言いますが、彩ちゃんの彼氏になって貰えませんか!?」

「お馬鹿!!」

 すぐさま彩のチョップが美鈴に直撃した。

「痛たた…。」

「単刀直入過ぎるでしょ!てか言われてはいそうですかってなる馬鹿がどこにいるのよ!!」

 可能ならこの場を直ぐにでも去りたい。彩は恥ずかしくてたまらなかった。

「何、坂並俺の事好きだったの?」

「違います!!!」

 茶化す佐藤に彩は怒鳴って、とうとうお盆を持って去ってしまった。

「…俺悪いこと言った?」

「どちらかと言うと私が悪いこと言いましたね…。」

 美鈴はポリポリと頭を掻きながら、彩の事情を話した。

「先輩なら知ってると思うんですけど、彩ちゃんって坂並財閥のお嬢様なんですよね。弟くんが居るから跡を継ぐとかは無いんですけど、ご両親が『結婚相手は相応しいひとを』って言ってお見合いばかりさせるんです。」

 美鈴は食べかけの定食に目を落とした。

「彩ちゃん、好きでもない人と結婚なんて有り得ない!って抵抗してたんですけど、亡くした彼以外に人を好きになれなくて。来月、またお見合いがあるんですが、ご両親は次の人で無理やり決めてしまおうとしているみたいです。」

 話を静かに聞いていた佐藤は納得したように唸った。

「それで、俺に仮初の彼氏になってくれと。」

 美鈴はコクリと頷いた。

「ご両親が納得するようなスペックをお持ちなのは私が知ってる限り先輩しかいません。…彩ちゃんを、助けてあげてくれませんか?」

 佐藤としては引き受けてやりたかったが、彩本人に頼まれている訳では無いので返答に困った。

「こればっかりはお前の頼みでもなぁ…。坂並が望めば別だけど。」

「…彩ちゃんが自分から頼むと思います?」

「そこだよなぁ…」

 共に仕事をしていくうちに、佐藤は彩の性格を何となく理解していた。強がりで、一人で何でも解決しようとする。見合いの件も、偽りでも恋人を作って両親に立ち向かうつもりだろう。

「…来月って言ったよな。来月のいつだ?」

「え?確か…、26日だったと思います。」

「…後半で助かった。」

 佐藤はニヤリと笑った。

「…来月、26日迄に坂並を惚れさせてみせる。」

「ふぁ!?」

 美鈴は咥えていたチキン南蛮を思わず落としてしまった。

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