第62話 波乱の納涼祭

 納涼祭当日、幹事を任されている佐藤は祭りを楽しむ余裕など無く、人手の足りない受付の手伝いや備品補充、上司、重役への挨拶などで大忙しだった。

(くそー、分身したい…!)

 佐藤は心情を出さないようにしながら、多岐に渡って気を巡らせた。


「佐藤先輩、忙しそうだねぇ。」

 焼き鳥をかじりながら彩に耳打ちする。

「幹事だしね。それよりあんたの彼氏どうしたの?」

「あぁ、今日って曜日的に何処も納涼祭やらビアガーデンやらで道が混んでるみたいで。着くまで20分はかかりそうって連絡きた。」

 しょんぼりしながら焼き鳥を咀嚼する美鈴。

(…まいったね。その20分私だけじゃ守れないよ。)

 ビールを口にしながら顔をしかめていると、案の定この間の男性陣がこちらに向かってくる。

「…っ美鈴、席変えるよ。」

「えぇ?でも他もう埋まっちゃってるし…」

「じゃあとりあえず彼氏に見つけてもらいやすいように入口の近くで…」

「あ、坂並さんと高田ちゃんじゃない〜。」

 彩の作戦は間に合わず、グループの一人がわざとらしく話しかけてきた。

「……。」

「あぁ、企画課の山田さんに鈴木さんに斎藤さん〜。こんばんは。」

 美鈴は人の顔と名前を覚えるのが得意だ。だからこそ営業課で重宝されているのだが、男性からも勘違いされやすい。

「俺の名前覚えててくれたの!?嬉しいなぁ。」

「やだなぁ、一緒に仕事した人の名前忘れるわけないじゃないですか♪」

(あぁ、美鈴。あんたのその笑顔が男を惑わせるんだよ…。)

 頭を抱える彩。斎藤がそれに気づき、彼女を支えた。

「坂並さん大丈夫?もしかして飲みすぎた?」

「えっ、あ、いや私は別に…。」

(そんなことより美鈴!!)

 慌てて親友を見ると、童貞と鈴木が寄ってたかって美鈴に何やら話しかけている。

(あぁ、もうっ!)

 助けに行こうとすると、斎藤に腕を掴まれた。

「無理しないほうが良いって。ほらビール置いて。座っとこ?俺のこれまだ口つけてないし飲みなよ。」

 そう行って斎藤は彩を無理やり座らせて持っていた烏龍茶を彩に差し出した。

「私は酔ってない。あとあんた彼女居るんでしょ。さっさと彼女のとこ行きなよ。」

 冷たくあしらうと、斎藤はははっと笑って彩を見た。

「彼女なんて居ないよ。男同士の見栄ってやつ。高田さんなら俺のダチが見てるから安心して?俺、前から坂並さんのこと気になってたんだよね。」

 斎藤が肘を着いて手を組む。

「坂並さんの家ってさ…」

 斎藤が言いかけたその時。


バシャッ


「えっ!?」

 近くにいた佐藤が、持っていたジョッキのバランスを崩してビール全てが斎藤に降り掛かった。

「あぁ!!す、すまんっ!!お得意先にビールいっぺんに持っていこうとして失敗した…大丈夫か!?スマホとか壊れてないか!??」

 佐藤は慌てて「タオル取ってくるからちょっとまっててくれ!」と言って走り去ってしまった。

「…大丈夫ですか。」

「……。」

 勢いを殺された斎藤は、それ以上何も言って来なかった。

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