第60話 週明け

 通話を切った後、山下の言葉を思い出していた。

『昨日自分で何もしないって言ったのに何かしようとしてたから。』

(下手したら何かが起こってたかもしれないのに私は呑気に寝ちゃってたんだ…!)

 そう思うとあまりにも無防備過ぎた自分が恥ずかしくなった。

(そうだよね、いくらピュアで紳士の結希くんでも下着つけてない彼女が目の前で無防備に寝てたらそりゃ襲いたくもなるよね…。)

 欲に打ち勝って朝を迎えた彼のあの第一声…。

「…朝から積極的だね?」

(あの声、あの眼差し…すごく色っぽかったなぁ…。)

 両手を頬に当てながら、ぼーっと彼のその先の会話と表情を思い出した。

(…私も大概だわ。)

 軽く頭を振り、シャワーに向かった。


***


 月曜日、美玲はいつも通り山下に「おはよう」と「いってらっしゃい」をLINEで送り、会社に向かった。

「おっはようございまーす!」

「お、おう、おはよう。元気だな朝から。」

「え〜?そうですか?いつも通りですよ♪」

「この子は彼氏と初デート出来て浮かれてるんですよ。」

 彩が遠慮なく佐藤に説明した。

「ちょっ、彩ちゃん…!?」

 慌てる美玲だったが、佐藤は豪快に笑い飛ばした。

「あははっ、モテ女でも初デートは嬉しいもんなんだな。」

「そりゃ嬉しいですよ…って先輩褒めてます?皮肉ってます?」

「両方だ☆」

 佐藤の絶妙な返しのおかげで気まずさが無くなったことに感謝しつつ、流石年上は余裕があって違うなぁと感心してしまった美玲だった。


***


「はぁ…。」

 佐藤は喫煙室で煙草に火をつけつつ一口も吸わずに居た。

「勿体ないですよ。」

 そう言って佐藤から煙草を取り上げ彩が吸う。

「あっ、おい俺んだぞ。」

「吸ってなかったくせに。」

 取り返そうとする佐藤から顔を背けて口から煙を吐く。

「あーぁ、禁煙今度こそ成功すると思ったのになぁ〜。佐藤さんのせいですよ。」

「自分から取り上げておいて俺のせいにするなよ。」

「辛気臭い顔で煙草無駄に燃やしてるからですよ。」

 今度はふぅっと佐藤の顔に吹きかけた。

「なっ、お前仮にも上司に…!」

「お返しします。」

 そう言ってほぼしけもくになった煙草を佐藤に返した。

「あとひと吸いくらい出来るんじゃないですかね?」

 振り返りもぜず意地悪く言って彩は喫煙室から出ていった。

「なんなんだよあいつ…。」

 佐藤は手渡された煙草に視線を落とした。取り上げられる前には付いていなかった口紅の跡が、妙に印象的だった。

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