第57話 嘘つき

 シングルベッドを共有することになった二人は、嫌でもくっつかなければいけなかった。

「…ごめんね、落ち着かない?」

 申し訳無さそうに山下は美玲に囁いた。

「…NOと言ったら嘘になるかな。でも…。」

 美玲を気遣い出来る限り距離をとって今にもベッドから落ちそうな山下の体を引き寄せた。

「…嫌なわけじゃないよ?」

「っ…。」

 ドクドクと激しく鼓動が鳴る。先程まで無意識に抱きしめていた存在が、今も腕の中に居る。しかも、お互いの意識がある状態で。山下は風邪からではない熱が体から作られているのを感じた。

「…あんまりくっつくと風邪うつすかも。」

「そしたら結希くんに看病してもらうからいーよ。」

 ふふ、と微笑いながら美玲は山下の胸に顔を埋めた。

「!?」

「おやすみ、結希くん。」

「お、おやすみ…。」

 山下の心臓の音が煩いにも関わらず、美玲はすぐに寝息を立て始めた。

(…マジか。)

 今までの流れで少し、否かなりこの先を期待していた自分が恥ずかしくて山下は頭を掻いた。

(これじゃ何もしないから、とか嘘つきじゃん。)

 反省した山下は、脳内で滝に打たれるのを想像しながら平静を取り戻し、やがて眠りについた。


***


 朝になり、カーテンの隙間から朝日が美玲の顔を照らした。

「んん…っ。」

 ゆっくり瞼を開けると、背後から抱きしめられた状態で寝ていたことが発覚した。

(向かい合わせで寝てたはずだけどな…。)

 くるりと寝返ると、すぐそこに山下の寝顔があった。

(…熱、下がったかな?)

 彼の首筋に手を置くと、一瞬ピクッと体が動き、山下が目を開けた。

「…朝から積極的だね?」

「ち、違うもん!私はただ熱を計ろうとしただけで…!」

「わかってるよ。ほら、もう熱下がった。」

 山下は美玲の手に自分の手を重ねて首筋の深いところまで押し当てた。

「っ…、それは良かった。」

 真っ赤になりながら目を背ける美玲が可愛くて、山下はつい苛めたくなった。

「…美玲顔赤いよ?熱、あるんじゃない?」

 わざと耳元で甘く囁く。

「そ、そんな事無い…。」

 潤んだ瞳で俯く彼女の声はか細く、絞り出すような声だった。

「俺が計ってあげようか…?」

 もっと、と思ってしまっている自分が怖い。昨晩脳内で滝に打たれた効果はもう残っていないようだった。

「あ、朝からイケボで攻めるのはズルいぃ!!!」

 空気をわざと壊すように叫ぶ美玲の声に、山下は我に返った。

「ごめんなさい、調子乗りすぎました…。」

 ベッドで正座をして謝る山下を、美玲は顔を赤らめつつも許してくれた。

「私を苛めるくらい元気になったなら良かったけどねっ。」

「すみません…。」

「それより朝ごはん食べよ、昨日のスープ多めに作っておいたんだ♪」

 そう言って美玲は軽快にキッチンに向かった。

(…うちの彼女が天使すぎる。)

 山下は改めて邪な自分を呪い、優しい彼女に感謝した。

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