第56話 何もしないから

 部屋に戻ると、美玲はベッド近くのローテーブルに温かいスープを用意して待ってくれていた。

「おかえりなさい!簡単にだけど、野菜スープ作ったから飲んで。ビタミンも摂れるし、温まるよ。」

「ありが…とう。」

 近くに行くと、まだ彼女の髪が乾ききっていないことに気づいた。山下は美玲の髪を一束すくい上げた。

「…ちゃんと乾かさなきゃって言ったの誰だっけ?」

「っ!…こ、これから乾かすよ!ほら、私の髪長いでしょ?乾かすのに時間かかるから!早くシャワー交代したくて!それで!」

 慌てて美玲はよろけながら立ち上がった。

「乾かしてくるから、構わずスープ食べてて?食べ終わったらちゃんと寝てね!」

 逃げるように脱衣所にかけていく彼女を見送り、山下はスープに目を落とした。

(…心配ばかりかけてしまったな。)

 申し訳ない気持ちでスープをすすると、体が芯から温まっていくのを感じた。

「…美味しい!」

 彼女の優しさが身に沁みて嬉しかった。

(…素敵な彼女が居てくれて、俺は本当に幸せ者だな。)


(結希くん、今日なんだかすごく積極的…。私ばっかりドキドキしてる気がする…。)

 美玲が髪を乾かし終わり、部屋に戻ってくると山下はテーブルのすぐ横で倒れていた。

「結希くん!?」

 慌てて駆け寄ったが、すぐに安堵した。

「良かった…、寝てるだけだ。」

 ローテーブルを横にずらし、ベッドに寝かせようと体に触れた途端ーー


 ぐいっ


「え!?」

 山下は美玲を強く抱き寄せた。

「ゆゆゆ結希くん!?だ、駄目だよっ、熱あるのに…!それにまだ私達には早」

「ぐー…」

(ね、寝てる…?)

 ホッとしたのもつかの間、抱きつく力が強くて離れることができなかった。

(強い…。普段は華奢っていうかそんなに力が強いイメージなかったのに…。)

 美玲はふとこの家についたばかりの時のことが過ぎった。

(…あの時の手をにぎる力も強かったっけ。)

 山下の意外な男らしさに気づいた美玲は、先程とは違う胸の音を鳴らした。

(結希くん…。)

 抵抗するのを諦めた途端、心地よい温もりによって睡魔が襲ってきた。

(あぁ、このまま寝ちゃったら結希くんが休まら…な…い……。)


***


 山下が目を覚ましたのは深夜1時を過ぎた頃。腕のしびれで起きたのだった。

「うぅ、床で寝てしまった…って、えぇ!?」

 目が覚めた自分の腕の中には、無防備な姿で寝ている美玲が居た。

(なんで!?ってかいつの間に!?)

 自分のしたことに慌てふためいていると、美玲が目を覚まし目を擦りながら起き上がった。

「おはよぉ…。ごめんね、ベッドに寝かせようとしてたんだけど…。私まで寝ちゃった☆」

 テヘペロ、といった感じで彼女はおどけ、そして慌てて山下を起こしてベッドに押しやった。

「熱があるのに床で寝かせてごめんね。今からでもベッドで寝て!」

「ちょ、ちょっと待った。美玲もおいでよ、夜も遅いし、これ以上床で寝かせるわけにはいかないよ。」

 山下の申し出に、美玲は月明かりでもわかるくらい真っ赤な顔で断った。

「さっきまで結希くんが抱きしめてたから床で寝てる感覚なかったよ!だから大丈夫!それに二人だと狭くて休まらないでしょ?」

「な、何もしないから!さっきまで抱きしめてた俺が言っても信用無いかもだけど…。でも、女の子を床に寝かせるわけにはいかない。…一緒が嫌なら俺が床で寝るから!」

 山下の言葉に美玲は観念し、二人でシングルのベッドを使うことになった。

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