第54話 限界
山下は常に美玲を気遣いエスコートしてくれた。しかし、美玲は心からそれを喜べずにいた。
(結希くん、明らかに熱がある…。握ってる手だってこんなに熱い。それなのにどうして…。)
海沿いのレストランで遅めのランチをし、近くの公園で景色を楽しんでいる最中に雨がぽつりぽつりと降ってきた。それは僅かな時間でバケツを引っくり返したような激しさしなり、二人を容赦なく濡らした。
「ごめんっ、傘買っておけば良かった!」
美玲の手を引いて走りながら、山下は雨音に負けないように叫んだ。
「この雨だと傘も意味ないよっ。それよりどこかで雨宿りしないと!」
息を切らして走る二人はなんとか屋根のあるバス停に着いたが、山下は倒れ込んでしまった。
「結希くん!!」
慌てて山下の体に触れる美玲は驚いた。
(すごい熱…!やっぱり体調が悪かったんだ。それなのにここまで私を庇って…)
美玲は山下をベンチに寝かせ、バスの時刻を確認する。
(…あと10分。良かった、思ったより早く来る。)
「結希くん、あと10分でバスが来るからね。もう少し、我慢してね。」
「……めん…。」
「え?」
「ごめん…せっかくのデート、台無しだ。」
右腕で顔を覆っていて表情こそ見えなかったが、その声は震えていた。
「…バカ。」
「ごめん…。」
「デートの事なんて気にしてない!どうして倒れるまで言ってくれなかったの?死んじゃったらどうするの!?」
矢継ぎ早に捲し立てる美玲の目には大粒の涙が溜まっていた。山下は慌てて身を起こして美玲を隣に座らせた。
「ただの風邪だよ。死んだりしないって。それより俺は美玲に楽しんでもらいたかっ」
「体調心配で後半楽しめなかった。」
山下の言葉を遮るように美玲が言った。
「…ごめん。」
「デートなんてこれからいくらでも出来る。…でも、それは元気じゃなきゃできない。でしょ?」
「…うん。」
お説教が終わったと同時にバスが到着した。山下のアパートに近いバス停で二人は降り、美玲の肩を借りながらやっと帰宅した。
「…本当に救急行かなくて大丈夫?」
「うん。明日も休みだし、ゆっくり寝てれば治ると思う。」
「そっか。何かあったら連絡してね?じゃあ私はこれでー…」
「待って。」
山下が美玲の腕を掴む。
「その格好では帰せないよ。美玲も風邪引いちゃう。」
「でも…」
「シャワーして髪も乾かしなよ。体が冷えたままじゃ駄目だ。」
そう言って掴んだ手の力を強めた。
「わ、わかった。だから離して、痛い…。」
「あっ、ごめん。」
気まずく沈黙した後、山下が切り出した。
「先にシャワーしてて?着替え用意しておくし。」
「う、うん…ありがと。」
(熱があるのにまだ私を気遣ってくれる…。)
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