第45話 思案

「はぁ。」

 山下はスマホを見つめため息を吐いた。

(もっと、喋っていたかったなぁ。)

 金曜日、あの告白の後山下と美鈴は写真を撮って別れた。土日はお互い予定があったため、恋人らしい休日を送れなかったわけだが、山下にとっては都合が良かった。

(誰かと付き合うなんて初めてだけど、不自然じゃなかったかな…。)

 相手は恋愛経験豊富であろう美女だ。そんな彼女の恋人になれたのは嬉しいのだが、山下にはプレッシャーが重くのしかかった。

(デートは何処に行くのが正解なんだろう。初めて行くなら軽いほうが良いよな?それともお互いいい大人なんだし高級ディナーを決めるべきなのか…?うーん、分からない…!)

 頭を抱えていると、同僚の井村が声をかけてきた。

「どうしたー?そんな頭抱えて。」

「あ、井村…。」

 井村は同じ年だがかなりの好色人で経験豊富だ。ルックスも良い。恐らく会社の女性殆どに声をかけているだろう。

「…お前にはわからない悩みだよ。」

「なんだー?ゲームの攻略法かなんか??」

「………。」

井村こいつの意見聞いてみるか…?)

「…なぁ。」

「んー?」

「…初デートって、何処行くもん?」

「ブッ!」

 井村は思わずコーヒーを吹いた。

「え?え?お前、デートすんの?てか彼女居るの!?」

 意外、と井村は驚き、そして目を輝かせた。

「どんな子?どうやって出会った?告白はどっちから?」

「ど、どうでもいいだろそんな事…。で、井村は初デートは何処行くんだ?」

「ラブホ。」

「!?」

 山下は吐きはしなかったが、熱々のコーヒーを飲み込んでしまった。

「初デートだぞ!?」

「うん。え、おかしい?」

「どう考えても初デードじゃないだろ!」

「えー?でも事実だし。」

「…相手の反応は?」

「え、聞きたいの?えっちぃ。」

「そういう反応じゃない!だから、その、喜んでたかどうか。」

「悦んでたよ?」

「字違うだろ絶対。」

 山下はため息を吐いた。

「お前に聞いた俺が馬鹿だった。」

「悪かったって。なぁ、もしかして初カノ?」

「そうだよ。」

「へぇ〜。初々しくて良いですなぁ♪」

 井村はニヤニヤしながら山下を小突いた。

「お前みたいなやらしい関係じゃないんだから、デートもしっかりしたとこ行きたいんだよ。」

「例えば?」

「え、ど、動物園とか。」

「動物園はないわー。」

「え!?なんで?」

「だって臭いじゃん。雰囲気出ないよ〜。そっからラブホには繋がんないもん。」

「だから、やらしい関係じゃないって言ってんだけど。」

「とか言っちゃって。付き合うならどうせいずれは行くことになるんだから、もったいぶらない方が身のためだよー?時間かかればかかるほど期待値上がるから。」

「なんだよ、期待値って。」

「エッチへの期待値。」

「お前その思考から離れること出来ないのかよ!」

「まぁまぁ。ラブホ行かないにしても動物園は却下。どうせ行くなら水族館だね。薄暗くて雰囲気あるし、可愛い生き物たくさんいるから女の子は喜ぶ。」

「なるほど…。食事は?」

「食事はそんなに高すぎないところがいいかな。かと言って居酒屋とかバーとかは無し。下心見え見えなチョイスすると引かれるから注意な。」

「初デートがラブホの奴が言うか…。」

「俺だって雰囲気シカトして行くわけじゃないからね?イケそうな子だけ行く。」

「最低だな。」

「そりゃどうもー。ま、気張らず楽しむのが一番よ。じゃあなー。」

 紙のコーヒーカップをゴミ箱に入れ、井村は去っていった。

「楽しむのが一番、か…。」

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