第29話 誘い

”お疲れさまです!今夜、一緒にフェアハンしませんか!?”

 可愛い猫の絵文字が入ったメッセージが高田から来た。

「……。」

 以前の山下なら飛び跳ねて喜んでいただろうが、今の彼はそこまで喜ぶ気分ではなかった。

”お疲れさまです。お誘いありがとうございます、でも今日は残業になるかもしれないので…。”


 ピロン


 送って30秒もしない内に返事が返ってきた。

”夜中のゲーム会も面白いですよ!”

 なんとも押しの強い。山下ならそうですか、と諦めていたところだ。

(断りにくいな…。)

 押しに負け、OKを出した。今日は残業の気配は一切なかったが、一言入れた以上は時間を潰さないと行けなかった。


「お先に失礼します。」

 定時で会社を抜けた山下は、本屋に向かった。

(一冊読んでからゲームを始めれば丁度いいだろう。)

 単行本を一冊買った山下は家路に着いた。


”お疲れさまです!ゲーム始めているので、山下さんの都合が良くなったタイミングでいつでも教えて下さい♪”

 家に帰ると高田からのLINEが入っていた。山下は少し罪悪感を感じつつ、買ったばかりの本を開いた。柄にも無く、恋愛に関する本だ。


ー心理学的に恋愛感情とは、所有欲である。


 所有欲。自分は高田を所有したいと思っているのだろうか。

 佐藤が高田を抱きしめているのすを見た時、ショックだった。それは何故だろうか。自分がそうしたかったから?まさか佐藤がそのような行動を取るとは思ってもいなかったから?どちらもイエスだ。紳士な佐藤が町中で女性を抱きしめると思っていなかったし、いつか高田をこの手で抱きしめられたらと思う自分が居たからだ。

(…俺はなんて傲慢なんだろう。)

 高嶺の花をナメクジが抱きしめられるわけがない。自分が思っている以上に欲張りになっていた。


ー相手を独り占めしたいと思ったり、相手が仲良くしている人に対して嫉妬をする場合、それは恋愛感情といえる。


(俺は、高田さんが好きだ…。)

 でも自分なんかが、という考えが気持ちに歯止めをかけている。何も突っかかりもなく人を愛せたらどんなに幸せだろう。そう願いつつも高田と自分との差を振り返り心が暗くなる。どうせ無理だ、お前なんかがと、もうひとりの自分がいつまでも囁いてくるのだ。

「はぁ。」

 恋愛というのはもっと心がウキウキすることばかりだと思っていた。こんなに苦しいとは、思っていなかった。

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