第12話 親睦会

「えー、今日もお疲れさまでした!今は仕事はいったん忘れて頂いて。せっかくご縁があって知り合えた訳ですし、お互い楽しく食事しましょう。」

 そう言って佐藤は乾杯、と声をかけた。美鈴は満面の笑顔でジョッキを掲げ、山下は引きつった笑いで掲げた。

「いやー、急にお誘いしてしまってすみませんでした。」

「いえ、僕もお誘いいただけると思ってなかったので…ありがとうございます。」

 仲良くなりたい佐藤と、値切り交渉を恐れる山下。二人にはかなり温度差があった。


「山下さん、次何飲まれますか?」

 お酒にはかなり強いはずの美鈴だが、憧れの山下との食事に酔いが早く回ってきていた。人並みの佐藤はとっくに潰れて横になってしまっていた。

「あ、じゃあ冷酒を…。」

 山下は元々ザルだったが、先方に警戒していたため全く酔えなかった。酔った隙に交渉を持ち込まれては確実に断れない。

「お酒、強いんですね。」

 酔いがかなり回ってきた美鈴は重心があやふやになりつつ、それでも正気を保とうと必死だった。

「はは、緊張すると中々酔えないたちでして…。高田さん、かなりフラフラですけど大丈夫ですか?お冷頼みますね。」

「ありがとうございます…。あ、私注文取りますよ…」

 注文は最年少の自分が、と思ってボタンを押そうとしたが体のバランスを崩してしまった。


「!!」


 ラッキーと言うべきか、失態と言うべきか。美鈴は山下にもたれかかる形で倒れてしまった。

「あ、あの…大丈夫ですか…?」

 美人に抱き付かれ、山下は心臓が爆発しそうなくらいドキドキと音を立てる。絶対にこの鼓動聞かれている、恥ずかしい。

「すみません…。」

 そう言いつつも力が入らない美鈴。酔いのせいでもあるのだが、耳元で囁かれているのがたまらなくドキドキする。

「あの…。」

「は、はい。」

「すみませんが力が入らないので暫くこのままでもいいですか…?」

 半分は本当で、半分は嘘だ。

「えっ、…っと、は、はい、大丈夫です。」

 28年間生きてきてこんな甘いシーン一度も経験してこなかった山下は、全身が石に変えられてしまったかのように動けなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る