第5話
封筒には、手紙とは別に電話番号とSNSのIDが同封されていた。宛て先違い、つまり正陽宛てではないファンレターが届いたことの報告を受けた棗は、彼の持ってきたファンレターを見て驚いた。
「生きているあなたに逢えるとは、夢にも思いませんでした。いいえ、これは夢かしら? 夢でも構いません。紋之助さまは私の全て、私の生き甲斐。紋之助さまの作品は全て拝読させていただいております。もう何百回と読み直したことでしょう。あなたのことを理解できるのは私だけ、愛しています。
どこからか分からないが秘密が漏れていた。それも危うい人間にだ。二人は警戒した。向こうが謎の人物である以上、こちらから打つ手はない。だから、警戒を強めるしかなかった。一通目の手紙が届いて数日後、二通目の手紙が届く。
「紋之助さま、あまりにも非道いじゃありませんか! 紅子はこんなにもお慕いしておりますのに返事もくださらないなんて。やはり、あの女が原因ですか? あなた様の側をちょろちょろと動き回るこざかしい女。あれが原因なのですね。きいいい。わかりました。私があの女を退治して差し上げます。紋之助さまには、私こそがふさわしいのです。あの女から救い出してみせます。今しばらくの辛抱です。 あなたの紅子」
この二通目の手紙が届き、察しのいい正陽は不信感を抱く。紋之助とは誰のことを指しているのかと。それを、棗に問い詰めた。
棗ももう辛抱出来なかった。ずっと待ち続けていた紋之助にやっと
だが、もうそんな悠長なことを云ってはいられなかった。棗はこの手紙が正陽の元へ届いた翌日、暗がりから突然ライトも点けずに飛び出してきた自動車に撥ねられそうになったのだ。幸いにも正陽の機転によって間一髪で避け、ドアミラーに引っ掛けられたものの足首を捻挫しただけの軽症で済んでいたのだった。
これ以上、紋之助や自分のことを正陽に隠し立てすることもできない。二人の身も危険に晒されている。棗は正陽に真実を伝えることに決めた。
「――棗さんから生まれ変わりのことを聴いたとき、おれの脳内には電気がスパークするように火花がぱっ、と散った。次の瞬間、おれは全てを思い出していた」自分の頭を指先で弾きながら正陽はそう云った。「おれたちは警戒を怠ることなく様子を見ていたが、それからしばらく何事もなく、過激ないたずらだったのだろうと結論付けようとしていた。昨日までは」
そう云って、朗の前に正陽は手紙を差し出す。「これが昨日届いた」
朗は差し出された手紙に目を通す。
「紋之助さま。私、本当に意味が分かりません。何故あのような、雨の日に泥だらけで濡れそぼった捨て猫のような女を助けようとするのですか。きっとお優しい紋之助さまの事でしょうから、自動車が突然飛び出してきたら助けてしまうのもしょうがないことなのかもしれません。もう二度とあのような卑しい女に構わないほうが身のためです。いっその事、紋之助さまを永遠に私の物にしてしまったほうがいいのかもしれませんね。とにかく私の邪魔をなされぬ様、気をつけてくださいませ。 愛しの紅子」
手紙を読み終えると、朗は深く息を吐いた。
「――なるほど、そういうことだったのか。お前たちが何を云いたいのかは理解した。それで、これからどうするつもりだ?」
「はい、それはワシから説明しよう」待ってましたとばかりに、二反田が手を挙げる。「まず、ワシが調査したことから話そう。向江くんの云う通り、紅子はこの大学の生徒だ」
それを聴いて朗が正陽に話し掛ける。
「犯人分かってたのか?」
「ああ、目星はついてた。一番最初に手紙を貰ったとき、文学部資料庫のおれがいつも利用している机の上に花束と手紙があったからな」
「それは、また――、何というか、分かりやすいな」
帝國藝術文化大学の文学部資料庫は歴史的価値のある資料も多く、入室がかなり制限されていた。監視カメラで入室者を管理している上、入口ドアには学生証をIDパスとした入退室ゲートが設置してあり、学生と大学関係者しか利用出来ない仕組みになっていたのだ。
「ほれ、やっこさん、あそこにおるわ」
二反田は窓際に移動すると外を見ながらニヤついた。二反田の自室は、文学部棟の最上階に位置しており中庭が丸見えなのだ。
「あのコは、
棗と正陽は顔を見合わせ、苦笑いする。
当の紅子は、朗と正陽が待ち合わせ場所に指定した中庭に面する自動販売機の陰で、ことある毎に辺りをきょろきょろしていた。
「ということは、左門紅子をあぶり出したってことですか?」
「左様。ワシが堂園くんを探すふりをして、二人が中庭で待ち合わせているという情報をわざと流す。頃合になったら、キミをワシが迎えに行く。そうすると、待ち合わせ場所には後からきた向江くんが一人だけになる。そのときに紅子がコンタクトしてくるであろう、という算段だった訳だ」
「じゃあ、まんまと彼女は引っ掛かった訳ですか」
「そういうこと」正陽は不敵な笑顔を見せた。「今度はこちらから仕掛ける」
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