第4話
翌日。
朗は正陽たちと別れた後、すぐさま帰宅して明け方近くまでかかってラブレターを書き上げていた。目が充血しているのは二時間ほどしか寝ていないからだ。
集合時間は九時だった。時間ギリギリになってしまった朗は走って待ち合わせ場所に向かった。しかしその日に限って、必ず先に待っているはずの正陽の姿が無い。
不安になった朗は、すぐにスマートフォンで連絡を試みた。SNSでメッセージを送っても既読はつくが返事は来ない。電話にも出なければ折り返しの電話も来ない。不安を
正陽の住むアパートは近所である。そこへ様子を見に行こうと思った矢先、
「堂園くん、ここにおったか」と、朗は声をかけられた。
そこには文学部教授の
「あ、おはようございます教授。どうかなさいましたか?」
「おはよう堂園くん、君を探しておったのだよ」
「ボクを?」朗は自分を指差す。
「うむ。ちょっと話があるから場所を移そうか」
「すみません、教授。実は今、ちょっと連絡のつかない友人宅へ向かおうかと考えていた所なんです」
それを聴いた二反田は、いたずら少年のような顔をして云った。
「向江正陽。違うかね?」
「ええ、そうですけど、どうして?」
「まぁ、付いてきなさい」
二反田に促されて、二人は文学部棟を進む。
「――教授、それにしてもよく一介の大学生である私のことが分かりましたね。喋ったことも無かったのに」
「はっはっは、キミは有名じゃからの」
「有名? もしかしてそれって成績が悪過ぎて有名ってことですか」
「はっはっは、それはどうだろうね。とにかく有名なんじゃよ」
「うわー、やっぱりそうなんだ。くそー」悔しがる朗を見て二反田は笑顔を見せる。
「さぁ、着いた。私の部屋だ」
二反田は木製のドアを静かに開いた。
「朗、待ってたぞ」
「堂園さん、大丈夫でしたか?」
そこには正陽と棗がおり、二人は心配したというように朗を迎えた。
「お前ら、急にどうしたんだよ。一体何があったんだ?」
「実にまずいことになった」正陽は苦々しくそう云った。
「もったいぶらなくていいから、率直に云ってくれ。何があった?」
「命を狙われている。かなりヤバイやつに」
「何だと! 何故そんなことになったんだ?」
「それは私から説明します」
「棗さん――」
「いいから、私に任せて正陽さん」棗はそう云って、深く息を吐いた。
「堂園さん、あなたなら私たちの言うことを信じてくれると思ってお話します」
「わかった。努力します」朗は大きくうなずく。
「私は、須田木棗といいます。今は」
「今は?」
「はい、現在は、ということです。私が生まれ変わる前は、
「えっ? 目井松紋之助って、あの――」あまりにも突飛な話しに、朗は驚くことも忘れてしまう。
「そうです。あの文豪、目井松紋之助です。そして、正陽さんはその紋之助の生まれ変わりなのです」
朗がゆっくり正陽のほうを見ると、彼は静かにうなずく。
「――確か、紋之助は女性と一緒に心中していますよね? まさかその女性って」
「そうです。一緒に命を絶ったのは私なんです」
「そんなバカな。にわかに信じられない」
驚きを隠せない朗をよそに、棗は説明を続けた。
――目井松紋之助と大丸光代は恋人同士であり、結婚を誓い合った仲だった。
紋之助は小説家として成功し、世間に名の知れた作家であった。だが、紋之助と光代の結婚を許さない者がいた。光代の父である。
大丸家は上級士族の流れをくむ大名華族であり、由緒正しき家柄であった。
一方、紋之助は地方の貧しい漁村に生まれ、大丸家からすれば
転生後、最初から前世の記憶を保持していた棗は、紋之助の生まれ変わりを待つために山撫出版社に就職し、編集者になった。
そんな折、山撫出版社主催の新人賞に不思議な作品が投稿された。編集者たちは、「ただの冗談だろう」と取り合わなかったが、棗は違った。その作品は、目井松紋之助の処女作を現代語にアレンジしてはあったが構成や台詞まわしなど一字一句が紋之助であったのだ。
早速、棗はその作家に連絡を取った。その作家とは向江正陽だった。
棗自身も簡単に紋之助の生まれ変わりだとは信じていなかった。だが、正陽に連絡を取って更に驚いた。彼は紋之助どころか他の文学作品もほとんど読んだことが無いという。それならばと、棗は正陽に次の作品を執筆するように打診した。それがキモだったのだ。
最近になって、山撫出版社の資料室から紋之助の初期の未発表作品が見つかった。それは、その当時ではあまりにも通俗的過ぎるとして没になった作品であった。現代で云えばエンターテイメント小説だった。
そして、出来上がってきた小説を見て彼女は確信した。またもや、未発表作品と一字一句変わらない作品だったのだ。これは、棗が彼の担当編集になるという条件で信頼の置ける一部の編集者と編集長だけの秘密となった。それは、こんな編集部の思惑があったからだった。
紋之助が成し得なかった死後の次回作を、紋之助の変わりに正陽に執筆させようという魂胆だったのだ。
勿論このことは、編集部の中でも一部の人間しか知らなかったし、正陽本人にも秘密にされた。余計な動揺を与えることによって、執筆活動を妨げないためであった。
だが、そんな平穏な日々も長くは続かなかった。
数ヶ月前から、正陽の周りでおかしなことが起こり始めたのだ。それは、朗が正陽にラブレターについて相談するより前の話だった。
そして正陽の前に、ファンを名乗る女から手紙と一緒に花束が届く。
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