第2話

「朗よ。引き受けたとは云ったが、おれが全部書いてしまったら面白くない。お前のためにもならない――」正陽は冷静にそれも淡々と話しを続ける。「第一、渡した女性にお前は一生嘘をつき続けていかなければならない。だから、それは止めよう」


 落ち着いている正陽とは対照的に朗は焦っていた。

 どれだけ柊子のことを想っているのか、その想いの丈を伝えようにも自分のつたない文章力では伝えきれない。その葛藤から思わず声が大きくなる。


「そんな、じゃあどうすりゃいいんだよ!」


 朗の苛立ちのせいで二人は好奇の目に晒され始めた。立ち話しもなんだから、という正陽の提案で、ふたりは大学の近くにある古民家をリノベーションした茶房さぼう墨滴ぼくてきへと移動することにした。

 茶房墨滴は繁華街に近く、適度に繁盛している喫茶店だった。朗が熱弁を振るったとしても平気な場所である。今も、昔ながらの厚みのある黒縁の丸眼鏡をかけて、口ひげをたくわえたマスターが「いらっしゃいませぇ!」と、部活動を始めたばかりの中学生のように、元気に来店者に声を掛けていた。

 正陽は注文したアイスカフェモカを口に含み喉を潤すと、ずばり云った。


「いいか、合作だ」


「合作?」


「そうだ、合作だ。いい提案だろ?」正陽が爽やかな笑顔を見せる。


「でも、おれ自信ないよ……」朗はうなだれる。


「分かってる。お前の書いた文章は最悪だ。文法も作法も間違っているし、見るに堪えん。よくもまぁそんな文章力でこの大学に入れたもんだ。逆に感心するよ」


「うう、事実なだけに反論できん」うなだれが更に下がる。


「うむ。よく自分が分かっているようだな、よろしい。だがな朗、お前には人並み以上の情熱と努力を惜しまない精神力がある、と俺は踏んでいる。だから、それに賭けてみようではないか」


「――お前、なんだってそんなこと知ってるんだ?」朗は訝しげに目を細める。


「それは、あれだ……、まぁ、いいじゃないか」正陽は仰々しく咳払いをした。「そんなことよりも、大事なことがある。おれと一緒に文章力の特訓をするんだ。いいか、おれと合作をするんだから、それなりの実力は身につけてもらうからな。ラブレターといえど、これは作品だ。表現者として全力で取り組んでもらうぞ」人が変わったように目を輝かせて正陽はそう云った。


「あのさ、協力してくれるのは嬉しいんだけど――」朗は、ありがとう、と一礼をした。「さっきのことが妙に引っ掛かるんだよね。向江とおれってさ、あんまり面識無いよね。なんでそんなにおれのこと知ってるの? 教えてくれなきゃ、もやもやして特訓も手につかないと思うんだよ。ねぇ、なんで?」


「いや、あの……」正陽は顔に似合わずこどものようにもじもじした。「あの、これには深い訳があるんだよ。――おれ、お前のことを見てた」


「えっ!」驚いた朗は立ち上がり大股でテーブルから離れる。


「あーっ、違う違う。誤解しないでくれ。違うんだ。お前というよりも、文学部全員を研究している。学友でもあるが、皆ライバルでもあるから研究しても損は無いだろ」彼は飄々とそう云った。


「なんだ、そういうことだったのか。成績優秀なお前でも、苦労しているんだな」朗はそうねぎらいの言葉をかけると安堵して椅子に座る。


「あのさ、今さらだけどこれからは仲良くして欲しいんだ。マサハルって呼んでいいか? それと、よろしくお願いします。師匠」


「ああ、いいだろう。云っておくが、特訓は厳しいぞ。ちゃんとついてこいよ」


「応!」


 こうして二人の間に、ラブレターを介した奇妙な友情が生まれる。本当の親友が出会ったとき親密になるのに時間という概念は必要無かった。

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