第10話 レジェス一家の終焉

「ねえ、クレトさん、私たちの中から消えたかったって、どういうこと?」

 レオポンに敵を任せて追いかけたところ、立ち止まった庭園の端で向き合う。イルナはもちろん、クレトも戦闘をするつもりはないように見える。

「俺がいることで、何かとご迷惑がかかると考えたんです。俺はこのまま都を去るつもりでいます。その費用を作るために、ヤクザの用心棒までやりました。そんな弟子を追っても、師匠は喜びません」

「そんなこと、ありませんよ」

「いや、迷惑がかかるんです。俺が殺した罪のない人間は、ひとりではないのです。決して、許されない罪なのです」

「なにが、なにがそんなに、師兄を追い詰めているのですか?」

「……」

 クレトは一気に距離を詰めてくる。その殺気のなさにただボンヤリしていたイルナの首筋に、クレトの手刀が入る。

 イルナは意識を失いつつも、クレトに害されるとは思っていなかった。


 クレトは、自分の手刀がお嬢さんの右手にしっかり掴まれていることに驚く。振り放そうとしても、全く動かない。

「そんな、意識を失ったんじゃないのか?」

「ああ。イルナは眠ったさ。そして、俺に交替だ」

「な……声色が変わっている……?」

「この話し方に覚えはないか?」

「し……、師匠!?」

「おうよ。久しぶりだな。探したぜ」

 クレトは必死で手を振りほどこうとするが、全く動かすことが出来ない。

「全く、この手を振りほどくことも出来ねえ坊やが、てめえの尻をてめえで持とうなんざ、生意気なんだよ」

「師匠、俺はあんたやお嬢さんに迷惑をかけたくないからいなくなったんだ。それなのに、あんたがさっさと死んじまうなんて、お嬢さんを残して……」

「フェルサがいるさ。お前の知っての通り、ウチの最強のな。だけどな、あいつは結構、自分の命を後回しにした無茶をするから、お前が支えてやんなきゃいけねぇんだよ。お前さえいてくれりゃあ、俺はこうして化けて出なくても済むんだ」

「あいにく、俺はあいつが羨ましくて仕方ないんだよ。妬ましいし、疎ましい。何度あいつさえいなければと思ったことか。一緒にいたら、俺はいつかあいつの寝首を掻きたくなる。だから、俺はあいつのいないところに行きたかったんだよ。そんなことを考えてたら、いつの間にかヤクザとつるんでた」

「馬鹿野郎、今なら引き戻せる。まだ帰れる。意地を張らずに帰ってこい」

「無理だよ、もう無理だ。離してくれよ、師匠。俺はみんなとさよならしたいんだ」

 右腕が突然開放されて、クレトはよろけて転びそうになる。体勢を立て直すと、お嬢さんの大剣に変えて、師匠の長剣が召喚されている。

「どうしても行くというなら、俺を倒してからいけ」

「くそっ、分からず屋のじじいめ! 悪いが、あんたになら、勝つ自信はある」

「面白ぇ、やってみせろや」

 クレトは後ろ飛びで間合いを作り、剣を抜く。

「風の魔剣、レベル5、死の乱気流モルスレンシア

 クレトは不規則な突きと共に、風の刃を飛ばす。師匠は風の結界を生成して、風の刃を中和している。

「これならどうだ!」

 クレトは一気に距離を詰める。風の刃と剣先が両方同時に結界を破壊する。

 師匠は長剣を構えて、突きを払っていく。

泥濘でいねいの魔剣、レベル3、底なし沼モルパルース

 クレトの足元が、急に緩くなる。滑りそうになったのをなんとか堪えると、あっという間にくるぶしまで泥に飲み込まれている。

 師匠は剣を上段に構え、振り下ろす。その剣を正面から受け止めると、脛あたりまで沼に沈んでしまう。

「クソッ、いつの間にタチの悪い魔剣を……」

 師匠の剣を防ぐだけで、どんどん身体が沈んでしまう。

「これなら逃げられるか? 氷の魔法、レベル3、氷結グラビス

 沼が凍りついていく。下半身が沈みかけたままだが、これ以上は沈まない。

「炎の魔剣、レベル4、火鼠怒濤サラウンダ

 細かな火の粉が雨のように沼だった氷塊に降り注ぐ。凍りついた沼に指し込んだ剣の熱で、凍っていた沼が割れていく。タイミングをみて跳躍すると、沼から出ることが出来た。

「まだまだ、ついでに食らえ!」

 無数の火の粉が師匠に振りかかる。しかし、師匠は慌てるそぶりもない。長剣を横薙ぎに払うと、火の粉は消えてしまった。

「まだだ! 雷の魔剣、レベル5、落雷剣舞グラディトニトス

 クレトは一気に間合いを詰めて、上段から剣を振り下ろす。剣と剣が交わったとき、強力な雷撃が師匠を襲う。結界が間に合わなかったか、服の至るところが焦げ、身体中に火傷の症状が見られる。

 クレトが二合目を打ってきたときには結界が広げられていたが、強烈な雷撃は結界を瞬時に壊してしまう。

「よし、もう1合だ」

「くっ、」

 師匠はクレトの剣戟を絶妙な間合いで逃れる。しかし、クレトの振り切った剣が地面を通って師匠の身体を傷つける。

「やるようになったな」

「あんたには勝てるって言ってんだろ」

「それは、さて、どうだか」

「強がるな。あんたを痛めつけるためにお嬢の身体を傷つけなきゃならねぇのが嫌なんだ。もう降参して追ってくるな」

「そんなのお前が気にすんな。フェルサが治してくれるから、問題はねぇ」

「その頼みのフェルサが、なぜ降りてこないか。ウチの頭を舐めてると死ぬからな」

「ほう……お前も人任せか。俺たちとんでもない師弟だな」

「うるせぇよ!」

「炎の魔剣、レベル6、不死鳥の怒りポエニキーラ

 師匠の剣に地獄の業火がまとわりつく。

「くっ、土の魔法、レベル5、無限土塁インヌメース

 クレトの目の前に土の壁がそそり立つ。師匠の不死鳥が何度も叫ぶが、その都度新たな壁が現れ、壁が修繕される。しかし、壁の修復速度を師匠の剣が勝り始め、気づけば巨大な炎がクレトを取り巻いていた。


 フェルサは砂の魔法が効いている間に、自分の両足とオスワルドの傷を完治させている。更には、剣が通らないロルダンの秘密も、半ば突き止めている。

「降参するなら今のうちだぜ?」

「どの口がほざく」

「風の魔剣、レベル3、霞払いネブルドゥム、一点打ち」

 俺の剣が次々に風の刃を作り出す。それらは拡散せず、ロルダンの右肩をピンポイントで狙ってぶつかっていく。

「なんのつもりだ」

「結界破りさ」

「馬鹿馬鹿しい。これまでもお前同様皮膚結界を破ろうとした奴はいたさ。だが、これはそんな柔な結界じゃねえ」

「それ、説得力ないけどな」

 俺がそう言うのと同時に、ロルダンの右肩から大量の血が噴き出す。

「なに?」

 俺は距離を詰め、ロルダンの右肩に突きを喰らわす。剣先が右肩に突き刺さり、その傷から更に風の刃を繰り出す。

「ぐわあああああああ」

「思った通り、一箇所破れば脆い物だな。正確に一点を貫く攻撃には弱い。結界の生成が無意識任せだからなぁ」

「舐めるな、小僧!」

 ロルダンは俺の剣を掴んで、強引に抜く。そして、剣を持つ俺ごと、廊下の壁に投げつける。意表を突かれ、俺は壁に直撃する。

「こんなことで、勝った気になるな」

 ロルダンの右肩から、大量の血が噴き出している。上半身のさらに右半分は、風の刃に切り裂かれているはずだ。皮膚結界がなまじ強い分、表面の形だけは崩れていない状況だろうに。

「おい、無理すれば死ぬぞ」

「俺を殺しに来たんじゃないのか」

「首魁のお前は生け捕りにしたいんだよ」

「やなこった。俺は役人に何も用事はない」

「役人はお前と話したくて仕方ないはずだ」

 俺が言い終わる前に、ロルダンは猛スピードで体当たりをしてくる。また避けるのが遅れて、左肩でのタックルをまともに喰らってしまう。

 飛ばされた俺は、受け身を取ってダメージを軽減する。しかし、ホッとする間もなく、ロルダンはまた体当たりを繰り出してくる。

 俺は上段蹴りで対抗する。ロルダンの右肩に入った蹴りが、さらに大量の血を噴き出させる。

「ぐぁぁ、小僧! 小僧! 殺す!」

 痛みに堪えて前進したロルダンの左腕が、俺ののど首を掴み、壁に押し付ける。

 呼吸を止められた俺は必死で抵抗するが、ロルダンの怪力にかなわない。

 剣でも蹴りでも、ロルダンの右肩の傷に届かず、ダメージを与えられない。ロルダンの右手の指はどんどん首に食い込んでくる。視界は白っぽく変わっていき、意識はぼんやりしてくる。

「死ねぇ、死ねぇ、死ね死ね死ね死ねぇ」

(回復魔法、レベル5、|完全回復ペルフェレフェク)

 破れかぶれで繰り出した回復魔法で、頭部の状態回復に成功する。これを繰り返せば、まだまだなんとかなりそうに思う。

「なぜだ、なぜまだ生きている、クソガキがぁ」

(回復魔法、レベル5、|完全回復ペルフェレフェク)

「なんなんだ、貴様は! 化け物めぇ」

 ロルダンの右肩からの出血は続いている。そもそも、右上半身の動脈や肺、肝臓など重要な器官がぼろぼろに傷ついているはずだ。

(回復魔法、レベル5、|完全回復ペルフェレフェク)

 詠唱一切不要で回復魔法を使う訓練が役に立った。師匠のおかげだ。

「この化け物、死ね死ね死ね死ねぇ……」

 突然ロルダンの握力がなくなり、俺は解放される。顔面蒼白なロルダンは、膝から崩れ落ち、床に転がる。

 意識を無くしかけているロルダンは、それでも精一杯の憎悪の眼差しを俺に向ける。

「ば、け、も……」

 ロルダンが動かなくなる。息絶えたようだった。

 俺はようやく安心する。

「はぁっ、はっ、はっ、ぜぇぜぇぜぇ……死ぬかと……思った……ぜぇっ、ぜぇっ」

 ホッとした俺は、数秒間呼吸を忘れていたようだった。ロルダンが剣魔七雄と同等の力を持つというのは本当だった。

 その力は、全盛期の師匠を思わせるほどのものだったからだ。

 一分ほどかけて呼吸を整えた俺は、オスワルドに声をかけ、起こす。そして、レオポンとお嬢の元へ向かうことにした。


「……水の魔法、レベル3、防御水球アクエラ

 クレトは炎に焼かれながらも、防御結界を張ろうとする。しかし、防御水球が形成される前に、召喚された水が蒸発してしまう。

「師匠!? 一体、何を? クレト兄が死んじゃいますよ!」

 聞き慣れた声。俺の憧れと妬みを一身に受ける男。フェルサ=ヴィースに間違いない。

「師匠、やめてください!」

「あと少し待て」

 冗談じゃない! フェルサにだけは捕まりたくない。

「水の魔法、レベル3、防御水球アクエラ防御水球アクエラ防御水球アクエラ!」

 召喚しようとする水球はすぐに蒸気になり、時間がたつと白い湯気に変わる。

「なんだ、これは。霧?」


 師匠が魔剣を止める。あたりに濃く立ち込める霧の中、もう近くにはクレトの気配がない。

「逃げられたか。あの馬鹿ったれが!」

 そういう師匠も疲れきった顔をしている。

「師匠、お嬢の身体で無理はやめてください。後で苦しむのはお嬢なんですから!」

「お、おう」

 後から出てきたオスワルドと、オスワルドに肩を借りているレオポンは、庭の状況に驚いている。レジェス一家の自慢の庭が、めちゃくちゃになっていたからだ。

「オスワルドさん、兄弟子には逃げられてしまいましたが、レジェス一家の一掃は成功したみたいです」

「そ、そうですね。明るくなる前に、敵の生存者を探して縛り上げておきましょう」


 翌朝には、レジェス一家壊滅の報と、スィマト流師範代フェルサ=ヴィースの名が王都に知れ渡るのだった。

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