第9話 レオポルド=アルマンサ
俺はロルダン=レジェスを名乗る男に向けて剣を構える。オスワルドは、変わらず周囲の警戒を続けてくれている。
「オスワルドさん、少し下がって、今まで通りの周囲の警戒をお願いします」
「了解しました」
ロルダン=レジェスは、盗賊でなければ剣魔七雄になる実力があるとされる魔法剣士だ。隙を見せれば、一瞬で勝負を決められてしまうかもしれない。
俺は呼吸を整えつつ、体内の魔力を練っていく。
それを見てだろうか、ロルダンの体内でも魔力が練られているようだ。
「おいおい、怖がって動けないのか、小僧。それなら、こちらからやらせてもらうぞ」
そう言うと、右手一本を高く掲げ、魔力を刀に移していく。
「炎の魔剣、レベル5、
刀の先端に炎が発生したと思えば、それが蜥蜴のような生き物の形になり、刀の周囲を回り始める。ロルダンが刀を水平にすると、炎の蜥蜴がこちらを狙って高速で飛んでくる。
俺はとっさに水の結界を張り、蜥蜴の第一撃をかわす。
結界に触れるのを嫌がった様子の蜥蜴が、方向転換して俺の結界を避けた後、今度は後ろからこちらを狙ってくる。
充分に引きつけてから、水の結界を後ろにまわす。蜥蜴が水に呑み込まれると、小さな爆発が起きて、周囲が湯気で覆われ、視界が真っ白になる。
俺は好機を逃すまいと、ロルダンの気配に近づく。
「水の魔剣、レベル5、
俺の右手に大きな手応えがある。しかし、押し切れずつばぜり合いになる。少しずつ湯気が薄れるに従い、ロルダンを食い殺そうとする水龍と結界とのぶつかり合いが見える。
「オリジナル技とは、見せてくれるじゃねぇかよ」
「いや、これはパクった魔剣だ。次は、こういうのはどうだ」
つばぜり合いから押し逃げして距離をとると、剣先に魔力を集中させる。
「炎の魔剣、レベル5、
炎の蜥蜴を召喚して、ロルダンに突撃させる。しかし、蜥蜴は直前で方向を変える。ロルダンの驚いた顔を目がけて、剣で突きを繰り出す。ロルダンは身体を反らしながら突きを避けるが、背後から飛んできた炎の蜥蜴がその背中に直撃する。
ロルダンの身体が燃え上がる。レベル5の魔剣の直撃のため、悶えるロルダンは炎を払うことが出来ず暴れている。
俺はとどめを刺すため、体内で魔力を練る。
「炎の魔剣、レベル5、
剣先から炎が巻き起こり、ロルダンの身体を巻き取っていく。
「……勝負あり、ですか?」
背後からオスワルドの声が聞こえる。
「いや、多分まだまだです」
「うおおおおおおおお!」
ロルダンの叫び声が響く。ロルダンの身体にまとわりついていた炎が吹き飛ばされる。
「やるじゃねぇか、お坊っちゃんよぉ。俺の魔剣をすぐに真似するなんざ、ただもんじゃねぇなぁ」
ロルダンは、身体のあちこちから煙を上げながら、平然と刀を構えている。
「あんだけの炎が効かないのかよ。どういう理屈だ!?」
「さぁな。生まれてこの方、怪我のひとつもしたこたねぇけど、理屈は俺もわかんねえ」
「大したバケもんじゃないかよ」
「その化け物がお前に引導を渡してやるぜ。
炎の魔剣、レベル6、
ロルダンの剣先から高熱の炎が噴き出す。
「氷の魔法、レベル6、
俺は魔力を練って、氷の壁を召喚する。炎の魔剣と氷の結界がぶつかり合い、大量の蒸気と湯気であたりが暑くなり、視界が真っ白になる。
この状況で、どうにかロルダンに攻撃する方法を考える。しかし、結界のそばを離れると強烈な熱にさらされてしまう。ここは耐えるしかないと考える。
そのとき、右足に鋭い痛みが走る。湯気の中、どうにか確認すると、右脛にナイフが突き刺さっている。痛みが激しくなり、血が流れ出す。
体力の消耗を防ぐために速く回復魔法で治したいが、今は結界でロルダンの攻撃を防ぐのがやっとだ。
大きな殺気を感じて前方を注意すると、気づけば左足のふくらはぎに大きな傷が出来ている。痛みと共に血が噴き出す。
両脚を負傷し、立っていられずしゃがみ込む。なんとか両腕が結界を維持しているが、足からの失血は多い。ロルダンはおそらく、地面に落としたナイフを蹴って飛ばしてきたのだろう。まだナイフの残りはあるだろうか。
わずかな動揺を悟られたのか、ロルダンが魔剣を行使したまま、前進してくる。
氷壁にかかる圧力がより大きくなり、大量の蒸気を噴き出す。近づいてきたロルダンが、突きの構えをとる。
「死ね、小僧!」
ロルダンの突きが氷壁に突き刺さる。幸いまだ貫通していないが、劫火が氷壁を溶かし尽くそうとしている。
俺は氷壁に魔力を送り込んで、なんとか崩壊を防ごうとする。
しかし、ロルダンもそれに合わせて魔力をつぎ込んでおり、氷壁が少しずつ薄くなっていく。
――押し切られる!
そう思ったとき、オスワルドが横から剣を入れ、ロルダンの突きを払った。腹を立てたか、ロルダンは剣先をおろし、更に勢いをつけて氷壁にぶつけてきた。
水蒸気爆発だと考えたときには既に身体が吹き飛ばされており、俺をかばおうとしたオスワルドごと廊下の反対側の壁にぶつかるまで止まらなかった。オスワルドが身体をひねったのか、俺と壁の間でクッションの役割を果たしたらしい。
「フェルサ殿……、ご無事ですか?」
「な、なんとか」
「良かった……」
オスワルドの身体が力なく崩れる。
「オ、オスワルドさん!?」
「さぁ、犠牲になった仲間を憐れんでいる暇はないぞ」
ロルダンは楽しげな笑みを浮かべて剣の腹で自分の肩をリズムをつけて叩いている。
「クソ……」
ロルダンが剣魔七雄並みの力を持つというのは本当だろう。しかし、だからといって負けていい訳ではない。戦いというものは、始めた以上、なんとしても勝つのがスィマト流の流儀だからだ。
傷ついた両脚で、どうにか立ち上がる。足を治さない限り、互角にやり合うのは難しい。回復魔法を使うだけの時間を稼ぎたい。
「砂の魔剣、レベル3、
粒の細かい砂が巻き上がる。ロルダンがとっさに左袖で両眼を押さえる。しばらく砂嵐のように砂が吹き荒れる。
ロルダンが両眼を押さえているうちに後ろに回りこみ、上段から剣を振り下ろす。
しかし、ロルダンの肩は何の武装もないのに剣を跳ね返す。振り返ったロルダンの横なぎの剣を受け止めきれず、軽く飛ばされてしまう。
「また、随分と珍しい属性の技を使うな。仲間と足を治すための時間稼ぎだったか。なかなかいいセンスをしていやがる。褒めてやらぁ」
「それを言うならお互い様だ。お前の強さは充分わかった。ここからはおれの番だ」
「あの世で自分に拍手してやるといい」
長身の男がそう言うと、レオポルドは正眼の構えをとり、呼吸を整える。
「私はアルマンサ流元師範代、スィマト流門弟、レオポルド=アルマンサだ。いざ尋常に勝負!」
「名乗りか。堅苦しいやつだ。俺はトト、流派なんかねぇ。行くぞ!」
トトが一気に距離を詰めてくる。振りかぶった左の剣を抑えると、右の剣で突きを繰り出してくる。
レオポルドは魔力を練りつつ、左の剣を払う。そのまま相手の左手に回り込む。
「水の魔剣、レベル4、
レオポルドの突きの動作と共に、水の気が勢いよく相手に向けて放たれる。
トトは剣を合わせて十字に構え、結界をはる。レオポルドの突きが抑えられ、水の気が散っていく。
トトは剣の十字を捻らせて、レオポルドの剣を挟み込む。その状態で身体を前にずらし、レオポルドの腹に前蹴りを入れる。
「ぐぅっ」
レオポルドはまだ剣を抑えられたまま、二発目の蹴りも食らう。早く挟まれた剣を抜かないと、得意ではない格闘戦を続けることになる。連続で蹴りを食らいながらも両脚を踏ん張り、どうにか剣を外す。
後ろ飛びで間合いを広げるが、トトはすぐに距離を詰めてくる。それを防ごうと足さばきを意識するうち、腹の違和感に気づくとこみ上げてきた熱い血が口からあふれる。
「クハッ、ここまでやられるとは……」
トトは斬撃と足技を組み合わせ、レオポルドが息つく間もなく攻め立ててくる。
「なんだよ、あんた、大手の元師範代じゃなかったのか? アルマンサの師範代ってのは、そんなに弱いのか」
「水の魔法、レベル4、
結界をはることに成功し、レオポルドは体勢を立て直す。しかし、トトの連撃に水壁は徐々に削られていく。
「水の魔剣、レベル5、
消滅しかけの水壁を自ら破り、レオポルドが水弾の連撃を仕掛ける。これは長い間身につけてきたアルマンサ流の形そのものであり、スムーズに、素早く剣が運ばれる。
トトは両手剣のメリットをいかし、鉄壁の守備でレオポルドの剣と水の気を止めていく。
「坊ちゃんよ、悪いが、二刀流ってのは守りの戦術なんだよ。そんなへなちょこな魔剣は効かねえなぁ」
「そうか、それは残念だ」
アルマンサ流の形を出し終えたところで、レオポルドは不適に微笑む。
「水の魔剣、レベル5、
基本の形の流れから、違和感なくスムーズに発動する。下段から上段に向けて、垂直に近い角度で発動する。
トトはとっさに剣を十字にして結界を作ろうとするが、龍をかたどった水の気が結界の後ろまで入り込んでくる。結界は切り裂かれ、水の気と剣先がトトの身体を持ち上げる。
レオポルドは上段に移動した剣をそのままに跳ねる。トトより先回りした高い位置から、更に技を繰り出す。
「水の魔剣、レベル5、
水の気と剣を連動させて、今度は上段から下段へと剣を振り下ろす。
今度は結界をはろうとする間もなく、水の龍がトトの身体に食いついていく。剣先もトトの身体をとらえ、左袈裟切りになる。
床に大きく叩きつけられたトトは、そのまま気を失っているようだった。
「た、倒した……」
初めての実戦だった。
念のために剣の腹でトトを叩くが、起きる気配はない。
「お、お嬢さんを手伝わないと……」
出口に向かいかけたレオポルドだったが、身体に力が入らない。それどころか、身体の奥からせり上がったものが口からあふれる。二度目の吐血だ。
「私は……、ここで死ぬのか?」
膝から崩れたレオポルドは、ぼんやりお嬢が向かって行った先に目をやった。
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