第8話 雛鳥一座の受難

「俺らが誰でも、お前らに関係ないだろうがよ。さぁ、好きなだけ暴れてやれ!」

 男たちが、示し合わせたようにバラバラに散り、周囲の物を破壊し始める。

「やめろ!」

 近くにいる男を斬りつける。油断していたのか、男は血飛沫を上げて倒れる。

「これじゃ、まずい……」

 男たちは、俺たちに反撃しようとせず、ひたすらテントやロープなどの破壊活動しかしない。その相手に、真剣を使って戦うのはまずい。下手をすれば、こちらが罪に問われかねない。

「お嬢、レオポン、木剣で! 真剣で殺すと、こっちが犯罪者になりかねない!」

「わかりました」

 すぐに真剣と入れ替えて木剣を召喚する。

「悪知恵を働かせて!」

 レオポンが腹を立てつつ、近くの敵を倒す。お嬢も俺も、ひとりずつ動きを止めていくが、相手がはじめから破壊行為に集中しているため、物的被害が広がっていく。

 もはや、男女それぞれの生活用テントは切り刻まれ、ロープや支柱を切られて崩れかかっている。

 敵の目当ては次第に公演用テントに向けられ、誰かがテントを切り裂く音と、観客の叫び声が前後して聞こえてくる。

「糞っ、甘く見ていた」

 街の任侠風情に負けはしないとタカをくくっていたが、完敗だ。

 観客たちは悲鳴を上げながら出入口に殺到しており、何人かは倒れて踏みつけられているようだ。生活用テントは中にある家具や衣装まで切り裂かれ、生活基盤を破壊されてしまった。

 雛鳥一座の生活基盤も、興行者としての信用も、すべてが脆くも崩れ去った。

 男たちが破壊の限りを尽くし、怪我人に肩を貸して退却していったあと、たったひとり捕虜にできただけがこちらの戦果だった。


「ララ、座長、済まない。俺の力不足で、こんなことに……」

「そう仰らないでください。回復魔法で治した方を除けば、怪我人や死人がいなかったのですから」

 破壊し尽くされた雛鳥一座の滞在地を見ながら、座長が力なく言う。

「こ、これは何があったんですか!」

 聞いた声に振り向くと、大きな花束を持ったオスワルドが現在の状況に驚いている。

「ララさん、お怪我は!?」

「大丈夫です、フェルサさんたちが守ってくださいましたから」

「しかし、この惨状は……」

 俺は、オスワルドにことの顛末を話す。この状況は、相手の目的が公演の妨害であることを充分考慮しなかったために起きた、俺のミスだった。

「いや、それはフェルサ殿が気に病むことではありません。敵の狡猾さが行き過ぎているんですよ」

「ところで、オスワルドさんはどうしてここに?」

「あ、いえ、たまたま通りかかっただけなんです」

 そういい、顔を真っ赤にすると、今さらになって大きな花束を後ろに隠す。

「この件、父に報告します。雛鳥一座の皆さんが困らないよう、あらゆる手を尽くしましょう」

 オスワルドの父親は人身位を極めた宰相だ。旅芸人の一座が襲撃されただけの事件を宰相の耳にいれるのは、大袈裟すぎるようにも思える。

「オスワルド様、これは私たちでなんとかすべき問題です。お心遣いはありがたいのですが、事を大きくするのは……」

「し、しかしララさん、これは余りにもひどい仕打ちではありませんか。レジェス一家は先代が死んでからというもの、義賊としての一面はなくなり、ただの大きな犯罪者集団になっています。この機会に、一網打尽にしてやればいいんです」

 オスワルドが熱心にララと話す様子を見て、直感的にわかることがあった。恐らく先日、サヴァトまでの特別街道で会ったとき、オスワルドがララに一目惚れでもしたのだろう。

「さて、わしらは、とりあえず宿を探さねばなりません。団員にあちこちの宿を手配……」

「座長さん、皆さんでウチの屋敷に来てはどうでしょう。今は弟子がほとんどいないので、空き部屋がたくさんあるのです」

 お嬢が熱心にそう言う。お嬢もまた、今回の事態に責任を感じているのだろう。

「俺もそれがいいと思います。奴らがもう手を出してこないとは限らないのですから、屋敷にまとまっていてくれた方が守りやすい」

「なんと……旅芸人風情にそんなに親切にしてくださるとは……」

「座長、ここはお言葉に甘えましょう?」

 ララの言葉に、座長が頷く。

「では、まだ使える物を持って、早速向かおう」


 皆で屋敷まで移動する間に、捕虜が目覚めたと聞いた俺は、男を中庭に連れ出して、地面に正座をさせた。

 時間がもったいないと思って、最初に庭石を砕いて見せた。

「お前の雇い主は」

「お頭だよ。レジェス、ロルダン=レジェスだ」

「他の連中が帰った先は?」

「さぁな。レジェスの屋敷じゃねぇか」

「……」

「わ、わかったよ。レジェスの屋敷に帰ったはずだ」

「じゃあ、お前らは普段からレジェスの手下なんだな」

「ああ。そうだ」

「よし、とりあえずはここまでにしといてやる。牢を案内する。来い」

「ちっ、解放してはくれないのかよ」

「悪いが、いろいろ手伝ってもらうさ」

 男を牢に閉じ込めて、俺は作戦会議のために大広間に向かう。牢があるのは、力の行使に酔ってしまった弟子をお仕置きするためだ。各種の結界で守られているため、あの男が逃げ出すことはなさそうだ。

 大広間では、お嬢、オスワルド、レオポン、座長、ララが待っていた。

「先ほどの男はレジェス一家の者で間違いなかった。よって、目的は三つ。一つ目は、レジェス一家に仕返しがてら打撃を与えて、弱体化させる。もうひとつは、雛鳥一座が破壊されたものを復旧する費用の徴収。最後は、クレト兄の捜索だ」

 目的を宣言した俺たちは、作戦を練り、準備に取りかかる。

 お嬢は召喚魔法で従えた化けガラスを使って空からレジェス一家の屋敷の地図をつくる。俺は複数攻撃魔法の訓練をレオポンにほどこす。オスワルドさんは父上のコネでその日の王都警務隊に騒ぎを黙認するように手配する。座長とララ以下劇団員は、変装をしてレジェス一家内部の情報を探る。

 レジェス一家への復讐を準備する間、クレト兄蒸発以来、どんどん弟子が減り寂しくなるばかりだった屋敷が、にわかに賑やかになる。

 朝は朝食と弁当づくりのため料理上手が集まり、三つあるかまどの火と、囲炉裏の火がすべて使われる。

 昼はそれぞれの活動をしつつ、手が空いた劇団員たちが俺とレオポンについて道場へ行き、護身用に剣術を習う。中には魔法剣士の素質がある者もいて、魔法と魔剣の習得に励んでいる。

 レオポンはアルマンサ流師範代として弟子たちの稽古をつけていただけあって、教えるのがうまい。

 喧嘩殺法でとっさの判断を重視するスィマト流とは異なり、アルマンサ流は理論と積み重ねを大切にする。

 すでに成人に達している劇団員にとっては、身体をどう動かすかの理由付けがはっきりしているほうが覚えやすいらしい。

 そういう理由で、俺はちびっ子、もとい、十五歳未満の子どもに教えることとなり、受け身、防御、素振りを身につけさせる。

 レオポンに対しては、新しい技を考えさせている。水の魔剣では達人の域に達しているので、水関連の技でもよし、将来雷魔法も習得するために、風の魔剣を新たに覚えてもよし、選択肢はいくつもある。

 ちなみに、魔法・魔剣の性質には地水火風の四元素の他、風と水による雷、火と土による火山、水と土による泥濘などの合成属性がある。一番得意な元素をある程度学んだら、合成属性のために二つ目の元素を選ぶ者が多い。

 夕方になると、また三つのかまどと囲炉裏の火がすべて使われ、道場にまでいい匂いが漂ってくる。皆でそろって食事をときには屋敷のあちこちが歓声に溢れる。

 夜はひとり一部屋だったものが布団を敷いて複数人で寝るようになり、お嬢とララは同室でとても親しくなり、レオポンは百獣の王を思わせる大いびきで同室の者にからかわれる。俺はちびっ子たちに懐かれ、甘えたい彼らに揉みくちゃにされて寝るのに慣れてしまった。

 そうして賑やかに過ごすこと約一月、いよいよレジェス一家襲撃の準備が整った。


 朝三時の鐘に合わせて、正面入口はお嬢とレオポンが、裏口は俺とオスワルドが突破することになっている。留守組は屋敷にこもり、戦闘訓練で適正があった者に武器を持たせていざというときに備えている。

 カーン、住民を起こさないよう控えめになる鐘の音をきき、オスワルドが門扉を蹴破る。突入と同時に、俺は霞払いネブルドゥムを発動し、周囲の見張り番を一網打尽にする。

 その後は庭を駆け抜けて屋敷に入り込み、起きては部屋を出てくる男たちをその都度斬り捨てて奥へと進む。

 前衛はおれが務め、状況に応じて魔剣を発動する。後衛のオスワルドは、魔法適性がない代わりに剣も槍も並外れて強いため、後方を始め、周囲に目を向けて打ち漏らしを倒してもらう。

 階段を見つけた俺たちはそこを昇って二階に移動する。二階では隊形を作ろうとする一団を見つけるも、霞払いネブルドゥムの前には隊形など保つことが出来ず瓦解する。

 少し歩くと、また階段を見つけて昇っていく。

三階はそれまでの雰囲気とは異なり、幾人かの女が半裸で飛び出してきて、俺たちの脇を通り過ぎていく。

「女に手を出さねぇ、か。義賊でも気取ってみたか?」

 落ち着き払った声に目をやると、あご髭を生やしたまだ若い男が余裕の表情でこちらを見ている。

「よく来たな。スィマトの若ぇのと、それは宰相殿の嫡男様か。俺もすっかり悪者にされたもんだ」

 男は右手に持っていた刀の鞘を外すと、廊下に放り投げた。そのまま両手で刀を構える。

「俺がレジェス一家の頭、ロルダン=レジェスだ」


 三時の鐘の音に合わせてお嬢とレオポンが正面から突入すると、警戒されていたのか、無数の無頼漢たちが庭に出てきた。

「風の魔剣、レベル3、旋風輪舞ロンルテクス

 お嬢は魔剣を発動し、容赦なく男たちを斬り捨てていく。レオポンも新たに覚えた風の魔剣、霞払いネブルドゥムを発動し、お嬢と分け合うようにフォローしあって隙なく敵を片付けていく。

 ひとしきり、庭で待機していた連中を全滅させたところで、玄関の扉をレオポンが蹴破って屋敷の内部に侵入する。

 二人並んで廊下の敵を倒しつつ、部屋をひとつひとつ扉を開けて、中に人がいるかを確認していく。

 ひとまわり大きな両開きの扉を蹴破ると、大広間の中心に長身の男が立っている。

「いらっしゃい、お嬢ちゃんと坊ちゃん。先日はどうもな〜」

 雛鳥一座のテントを破壊した一団のリーダー格の男が、ニヤニヤと楽しそうにレオポンとお嬢を見る。

「先日の借りを返しにきた。いざ、尋常に勝負だ」

 レオポンがお嬢をかばって前に出る。それに対して男が左右にある鞘から剣を抜く。両刀使いのようだ。

「あっ!」

「お嬢さん、どうしたんですか?」

「師兄が、クレトお兄さんが今、廊下を……」

「なるほど、では、ここは私に任せて、クレト殿を追ってください」

「レオポンさん、おひとりで大丈夫ですか?」

「こう見えて、アルマンサ流の師範代だったのです。お任せください!」

「お願いします!」

 お嬢は急いで廊下にでて、走り去っていく。

「おい、俺相手にひとりで戦うつもりか。坊ちゃんはなかなか、勇気があるなぁ。嫌いじゃないぜ」

 長身の男は満足したように口元を大きく歪ませる。

「あの世で自分に拍手してやるといい!」


 廊下に飛び出したイルナは、クレトと見られる男が走っていった方向へ急ぐ。途中、数人の男が邪魔に入ったが、得意の大剣をしなやかな身体で振り回し、倒すことが出来た。

 廊下の端につくと、勝手口のような扉があったため、そこから外に飛び出す。

 クレトの手がかりがないか周囲を見渡すと、月明かりに照らされた芝生の上に、クレトが静かに佇んでいた。

「お嬢さん、久しぶりです」

「師兄、どうしてこんなところにいらっしゃるのですか?」

「理由……理由がいりますか、やはり。ただあなたたちの前から消えたいだけだったのですが」

 クレトは憂いを帯びた目でイルナを見つめる。そこにはたくさんの感情がまぜこぜになっているように感じられた。

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