第7話 元師範代、レオポルド
「師匠、帰りましょう」
「ああ」
俺と師匠は踵を返して一番近い衛兵屯所に向けて戻ろうとした。
「何も逃げることもないだろうに、フェルサ」
俺は振り返る。
「……失礼しました、兄上。お久しぶりでございます」
「ああ。聞いた話ではいろいろ苦労しているようだが、思ったより顔色がよくて安心した」
「ありがたきお言葉。それでは……」
「まぁ、待て。そちらがお師匠殿の娘ごか。見たところ、なかなかの女丈夫。とはいえ、師匠を亡くして子供の世話では大変だろう」
「私は大丈夫です。失礼しま……」
「フェルサ、お前が世捨て人のように生きる必要はないぞ。早く帰って来い。嫡男より魔剣で勝るようになってしまうなど、お前が心配することなどない。お前が俺に勝つことなどない。そちらのお嬢さんには、いい許婚も見つけてやろう。何もお前が子供の世話まで抱え込む必要はない」
「お気遣い恐縮ですが、私はもう家を出た身ですので、捨て置いてください」
「そういうな。父上はあれでも、お前のことを心配しておられるのだ。お前が俺より強くなることをではないぞ。お前があり得ないことを妄想して、気を使いすぎていることをだ」
「前にも申し上げた通り、フェルサは既に死んだものとしてお考えください。それでは!」
俺は師匠の手をとり、強い足取りで兄に背を向ける。
「お、おい。お前、言われっぱなしじゃねぇかよ。少しは言い返せよ」
「そんなことしたら、師匠やお嬢にまで迷惑がかかります。絶対に挑発に乗ってはいけないんです」
セフェリノ兄さんは魔剣七雄に数えられる名手だ。だから幸い、直接対決さえしなければ、セフェリノ兄さんが強いと皆がそう思っている。だからこそ、兄は俺に刺客を放たないし、父からの刺客もそれほど厄介なものにはなっていない。
だが、もしも直接対決をしてしまえば、おそらく俺が勝ってしまう。向こうはやる以上本気で殺しにくるだろうし、しかし、道場で品よく極めた兄の魔法剣に、スィマト流の実戦魔剣術は勝ってしまう。
そうなってしまえば、兄からも父からも刺客が放たれ、俺の大切にしてきたもの全てを壊そうとするだろう。
しかし、俺が直接対決を避け続けていれば、父も兄も俺を臆病者と罵り自分の優位を固められる。その状況が続いて来たからこそ、俺と師匠とクレト兄もお嬢も道場の弟子たちも、みんな幸せでいられたのだ。
「フェルサさん?」
俺が振り向くと、お嬢が不思議そうにとぼとぼ俺についてくる。
「お嬢、立派な戦いぶりでしたよ」
「へ?」
「どうしたんですか、お嬢。俺と紅妖鬼退治をしたじゃありませんか」
「そ、そうなんですね。あのおっかない雷の後の記憶がないんですが?」
「そうですか。記憶はなくても、立派な戦いぶりでした」
「は、はぁ……」
わかったようでわからないような返事をしながらも、お嬢は迷いなく俺についてくる。俺がこのお嬢を守るには、兄からの挑発には絶対に乗ってはいけない。
「もうだいぶ陽が落ちてきましたね。今日はこのまま道場に戻りましょう」
「はい!」
俺たちが特別街道に戻る頃には、西陽によって長く伸びたお嬢と俺の影が隣同士歩いていた。
次の日はレオポンに稽古をつけることにして、クレト兄捜しは休むことにした。長時間、師匠に身体を貸していたお嬢の疲労が大きかったからだ。
レオポンに基本の形を復習させているうちに、俺は木剣を素振りする。魔法剣士はいくら剣を媒体に魔法を使えても、結局は剣士として剣閃の速さ、刃の角度で勝負が分かれることがある。
レオポンが基本の形を、寝てても一分の隙もなく繰りだせるようになれば、スィマト流の素振りを教えようと思っている。
せっかく誠実に築き上げたきたアルマンサ流の力を無駄にせず、スィマト流の喧嘩流儀を上乗せすればいい。
「師範代! 俺の形はどうですか? 今日は打ち合い稽古できますか?」
「真面目に基本をやってきたことはよくわかるよ。全ての動作が一番得意な水の魔剣に繋がっていて、無駄がない。さすが、アルマンサ流の師範代だな」
「で、では、打ち合い稽古は!?」
「いいだろう」
しばらくの間に、互いに素振りと形を終えて、木剣を持ち、構える。
「好きに攻めてこい。知ってると思うが、ウチのやり方は喧嘩流儀だ。お前に隙があれば無数にある手段から最適な攻撃を選ぶぞ。これは稽古だの、正々堂々だの拘ってると大怪我するからな」
「はい!」
返事をすると、レオポンは間合いを詰めて突きを繰り出してくる。それに対して、俺は剣を上段に構え、魔力を練っていく。
レオポンの剣先が下がる。
「水の魔剣、レベル5、
レオポンは早速、自分の決め手で試してくる。レオポンなりに意表を突こうと考えたのだろう。
「水の魔剣、レベル5、
レオポンがかたどった竜と、俺が形作った竜がぶつかり合う。さすが、先日指摘した剣の角度は既に修正している。しかし、空から落ちてきた勢いそのままの俺の竜が、レオポンの昇竜を打ち負かす。
レオポンが慌てて距離をとり、魔剣の直撃を避ける。
「風の魔剣、レベル3、
水の魔剣が巻き起こす水の気で視界が悪い。それが晴れる前に、俺は小手先調べの魔剣を放つ。こういうタイミングを逃さないのがスィマト流のやり方だ。
「うっ、水の魔法、レベル3、
風のブーメランがレオポンの水壁とぶつかり、通り抜ける。レオポンは木剣を縦に構え防御姿勢をとり、風のブーメランを受け止めようとする。しかし、全ての力を受け止めきれず、道場の壁まで飛ばされていく。
背中を強く打ち、床まで落ちたレオポンは、すぐに立ち上がり、木剣を構える。
しかし、自分の視界にフェルサを見つけられないのか、不思議そうな顔をする。
「ここまで、だな」
俺はレオポンの喉元に木剣を突きつける。レオポンが防御に気をとられている間に回り込んだのだ。
「し、師範代、いつの間に?」
「吹っ飛ばされてる間も相手から目を離すな。そして、むしろ攻撃のチャンスに変えるんだ」
「チャンス?」
「飛ばされる間に体勢を整えて壁を蹴れば、強力な反撃ができる」
「な、なるほど」
「こういう発想がスィマト流の特徴だ。どう戦うのが効率がいいか、相手の意表をつくことができるか。その考えを徹底して身につけてもらうからな」
「はい! ありがとうございました」
「よし、じゃあ、また形の稽古だ」
「はい!」
レオポンに指示を出して、俺はお嬢の様子を見に屋敷に行くことにする。しかし、道場の扉を開けようとしたときに、そこでお嬢と鉢合わせになる。
「お嬢、まだ休んでいた方が……」
「いいえ、もう大丈夫です。素振りを休むと身体がなまりますから。ところで、レオポンさんの打ち合い稽古は終わったんですか」
「はい。基本を大事にする点はいい資質といえますね。ただ、性格のまっすぐさが剣捌きに出過ぎてるので、うちでそこを丁寧に崩してやればいい感じになるでしょう」
「いい感じ、ですか。ふふ」
「なんですか、その笑いは?」
「フェルサさんが、父みたいなことをいうからですよ。『いい感じ』なんて!」
「なるほど、確かに師匠の言い方がうつってる」
俺とお嬢がレオポンの形稽古を見ながら話していると、背後から声をかけられる。
「お二人とも、お怪我ひとつないんですね」
振り返ると、近郊守備隊のオスワルドが微笑んでいる。
「昨日の紅妖鬼討伐の戦利品を処分出来たので、お届けに来ました」
「え? いただけるのですか」
「はい。半分以上をあなた方お二人で倒したのですから、同然です」
「しかし、我々は王の討伐をしていませんよ」
「フェルサさんの兄君には、別で名誉と褒章が与えられます。しかし、戦利品の多くは数を倒したあなた方のものです。堂々と受け取られるのがいいでしょう」
そういったオスワルドは、幾ばくかの現金をお嬢に手渡した。
お嬢はその金額を見て目を丸くしている。
「紅妖鬼はあれで一匹ひとつ魔石を持っているので、数を倒せばこういう金額になるんですよ」
「あ、ありがとうございます!」
「オスワルドさん、助かります」
「あともう一つ! アドラがレジェス一家にクレト殿がいると占ったそうですが……」
「はい。確かに」
「今度、雛鳥一座がもう一度王都に戻り滞在するそうです」
「そうなんですか」
ララが王都に来てくれれば心強い。
「雛鳥一座は中央市場近くにテントをはるのですが、毎回レジェス一家に警護料を払ってきたそうです。その代わり、毎回ひとり護衛をつけてくれるそうです。その護衛と懇意になれば、中の情報を手に入れやすいのではないかと」
「なるほど、良い方法です」
「では、私が雛鳥一座に顔つなぎしましょう!」
「実は、俺も雛鳥一座に顔見知りがいるので、お手間をおかけしなくて済みそうです」
「あ、そうですか……。でも、一応ついていきますよ」
「オスワルドさんにはたくさんお世話になってますから、今回は自力でやってみます」
「そ、そうですか……。わかりました」
なんとなく元気がなくなったオスワルドを見送り、お嬢も含めて稽古を始める。
雛鳥一座の到着までの三日間は、三人で稽古に専念する。その間に、レオポンは形稽古を終えて、スィマト流の素振りを始めた。
「そんな、今まではそんなこと!」
「前までどうだったとか言われても困るんだよ。方針を変えたんだろ?」
「でも、そんなに払ったら儲けもなにも……」
「じゃあ、やんなきゃいいんじゃねぇか?」
会話を聞くかぎり、警護料の金額のことで揉めている様子だった。俺とお嬢、レオポンの三人で雛鳥一座のテントを訪ねてみたらこうなっていたのだ。
「どうしたんだ、ララ」
「はい、警護料のことで……レジェスの前の親分さんの頃は、こんなではなかったのに」
当初の計画では、護衛にきたレジェスの男と仲良くなるはずだったが、そんな悠長なことを言っていられる場面ではないらしい。
「じゃあ、会場の護衛は俺たちがやるよ。無理して払う必要はないさ」
そう言いつつ、友好的に内部を探るつもりが、いきなり敵対的な関係になってしまうのはどうかと考えもする。
しかし、そもそも警護料などヤクザに払う必要があるのかとも思う。払えないから興行の邪魔をするという話なら、公演中にさらなる出費を要求されかねない。
また、敵対関係で揺さぶったり、一味の誰かを捕らえて聞き取りをする方法だってある。ここは雛鳥一座が安心して興行出来ることを優先しよう。
「おい、てめえ、この界隈でレジェス一家に盾突くとはいい度胸じゃねえか」
チンピラ五名が俺に寄ってくる。俺が一歩前に出ると、レオポンがお嬢とララをかばうように一歩下がる。レオポンは意外に使える男のようだ。
チンピラのひとりが殴りかかってくる。そのあとは細かく説明するまでもなく、数秒後にはチンピラ五人がぼろぞうきんになって地べたに転がっている。
「畜生め! 今日はこれくらいにしといてやる」
分かりやすい捨て台詞を吐き、チンピラ共が逃げていく。
「ありがとうございます。また助けられてしまって」
「いや、本番はこれからだ。あいつらの嫌がらせから、一座を守ってみせるよ」
俺たちは簡単に会議をして、休憩を入れても必ず二人は護衛につくような体制を作る。異常があったときに笛で知らせることにして、早速護衛を始める。
護衛中、風呂と食事は休憩時間に雛鳥一座の男女それぞれの生活用テントで済ませる。着替えは、最初にお嬢が屋敷に全員分を取りに行ってくれることとなった。
護衛開始から一晩すぎ、いよいよ公演が始まる。客に紛れ込んで嫌がらせをする可能性もあるので、それは一座の誰かが笛を持って見張りをする。
初日、二日目と、特に変わったことはなく時間が過ぎ去った。
三日目の公演中、演目の半ばが過ぎたといったところで、お嬢の笛の音が響く。反対側を警備していた俺と、休憩時間だったレオポンが駆けつける。
お嬢が得意の大剣を構え、大勢の男たちを威嚇している。男たちは三十人ほどおり、全員が太刀や小太刀など、何かしらの刃物を持っている。
「貴様ら、何者だ」
「さーぁ、何者でしょうかね、魔法剣士さま」
集団の真ん中あたりにいる背の高い男が不敵な笑みを浮かべる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます