第6話 紅妖鬼の襲撃

 道場の留守番を快く引き受けてくれたレオポンに礼を言って、俺とお嬢はサヴァト神殿に向かうことにした。

 特別街道を急ぎ、特に問題もなくサヴァトの城壁内に入る。参道沿いに店を構えるアドラという占い師を探す。店はすぐに見つかり、薄暗い店内を覗き込む。

「ようこそいらっしゃいました。フェルサ=ヴィース様とイルナ=スィマト様ですね。どうぞ、お入り下さい」

 言われるままに店内に入りつつ、勝手に想像していた老婆ではなく、どことなく色っぽい若い女であることに驚く。そして、なぜ俺たちの名前を知っているのか聞く。

「失礼しました。驚かせてしまいましたね。オスワルド様という騎士様から、近々いらっしゃると聞いていたものですから」

「そうですか。了解しました。それでは、私たちの用件もご存知なんでしょうか」

「はい。クレト=メラス様の行方でございますね」

 そう言ったアドラは、自身の前に置いてある水晶玉に魔力を送り込んでいるようだ。

「私のは占いといっても、探知魔法に毛が生えたようなものですので、期待しすぎないでくださいませ。……東南東、これは王都でしょうか。大勢の人がいらっしゃる。これは、貧民街です。そして……」

 アドラは少し言葉に詰まったあと、言いにくそうにこちらを見る。

「おそらく、街の侠客の元にいるのかと……」

「スラムにいる侠客というと……」

「レジェス一家です」

 王都で悪名高いレジェス一家に匿われているとすれば、世間からの印象は良くない。もしそれが事実だとして、調査するにも慎重を要する。

「他に何か情報はありませんか?」

「そうですね……。クレト様はロルダン=レジェスを信頼しているのではないかと……。あ、しかし私の占いは捜索以外は精度が高いと言いかねるので……」

「そうでしたか。わかりました、ありがとうございます」

 アドラの店を辞した俺とお嬢は、続いて旅芸人一家である雛鳥一座を訪ねる。

「ララ、覗きに来たよ。今日はお嬢も一緒だ」

「フェルサさん! この方がスィマト流のお嬢様なのですね。初めまして、雛鳥一座のララと申します。まだお若いのに奇麗な方ですね」

「そんな、とんでもないですよ。私はイルナ=スィマト。この度はクレト師兄の捜索に力を貸してくださるとのこと、ありがとうございます」

 お嬢はそう言いつつ、何やらララの胸元に目をやっているようだ。それほど年が変わらないであろう二人だが、胸元には確かな違いが見られた。

 大剣を振り回すためにしなやかな筋肉が発達しているお嬢は、胸の脂肪がつきにくいのだろう。とはいえ、まだまだこれからだろう。

 一方で、ララの胸元は大人の女性でも珍しいほど立派に見える。踊り子であることが何か関係しているかも……

「痛っ、お嬢、俺の腹に指を刺さないでください。痛いですって」

「あら、気のせいではなくて、フェルサさん」

「いや、刺さってますから!」

「うふふ。お二人はどんなご関係なんですか? とても仲が良さそうに見えるのですが」

「まぁ、師匠が亡くなってからは俺がお嬢の父代わりです。痛っ、お嬢、刺さないで」

「素敵! お師匠様の娘さんの親代わりなんて。義理堅い殿方は大好きです」

 そう言ったララは俺の右腕をとり、何やら柔らかいものを押し付けてくる。

「痛い、お嬢、指二本刺さないでください」

 アドラから得た情報を共有している間、お嬢はずっとカリカリしてイラついており、どこかしら俺を攻撃してくるのだった……。


 サヴァトでの捜索を早めに切り上げて、王都のスラムを目指す。その道中、王都ディスニア・サヴァト間の特別街道で、屯所に赤旗が登り、狼煙が上がるのを見る。

「お嬢、屯所まで急ぎましょう。近郊守備隊の慌てた様子から見て、妖鬼の大群かもしれません」

「わかりました」

 妖鬼は人間の子どもほどの大きさの亜人で、普段は部族間抗争が激しく、人間に対して大群で攻めよせる余裕はない。しかし、一度部族間に明確な序列がつき、盟主を中心とした支配体制ができると、大挙して人間の街を襲い、略奪の限りをつくすのだ。

「集団になった妖鬼ほど厄介な魔物はいません。こちらも集団でないとリスクが高いので、今はとにかく屯所まで急ぎましょう」

「わかりました」

 俺とお嬢は屯所に向けて走り出した。周囲には他の旅人はいない。お嬢のペースに合わせて走る。

「相手が白妖鬼なら、ホワイトファングに騎乗した部隊が主力です。その先遣隊の姿が見えないので、紅妖鬼の可能性が高そうです。徒歩集団戦術に長けているので、対集団の剣術が必要です」

「私の得意な大剣では隙が出来てしまいますね……。長剣で戦う方がいいでしょうか」

「お嬢には屯所で待っていてもらいたいですが、それは嫌ですよね……長剣の方が、熟練度が低くてもマシです。できるだけ大振りしないでください」

「そうします」

「俺もなるべくお嬢から離れないようにするので」

「足手まとい……ですか?」

「いいえ。俺の背中を預けられるのはお嬢だけですよ」

「……がんばりますね!」

 屯所までもうすぐというタイミングで、紅色の布切れが風に揺れるのが見えてくる。そして、少しずつ目立ってくる土ぼこり。

 俺は屯所の中で籠城準備をしているだろう兵士たちに向けて、大きな声で呼びかける。

「近郊守備隊に報告。こちらは元・上士三十傑の魔法剣士、フェルサ=ヴィース。紅妖鬼を迎え撃つので、援護を頼みたい」

 声をかけた上で、屯所から十歩程度離れたところに立つ。

「お嬢、もしぎりぎりまで接近してくる敵があればそいつらを頼みます。まずは遠距離大火力の魔剣で絶対数を減らします」

「了解しました」

 俺は目を閉じ、息を整える。

「雷の魔剣、レベル7、雷神降臨ユーピヴェントゥス

 俺は剣をまっすぐ天に向ける。俺が召喚した風と水蒸気が見る間に暗雲を形作る。無数の足音や武器の擦れ合う音が聞こえるほど迫ってきた紅妖鬼の大群に、雷が落ちる。

 轟音と共に、紅妖鬼の一団が黒こげになったのがわかる。すぐに次の雷が落ち、わずかな間にさらに雷が地に突き刺さる。

 十回は雷が落ちたところで、俺が練っていた魔力が無くなり、空を覆っていた黒雲が晴れていく。

 遠目で見る限り、半分ほどの紅妖鬼が黒こげになったろうか。すでにここまで肉の焦げた臭いが立ち込めている。

「はぁ、はぁ、ふぅ。こんなものか。お嬢、後はちまちまやりますよ。俺は対多数の魔剣で数を減らすので、それをすり抜けてきた奴らをお願いします」

「おうよ。任せとけ」

「え!? ……師匠、ですか」

「おう。イルナは雷さんが大の苦手だからよぉ。とっくのとうに気絶しちまったぜ」

「マジか……、そういやそうだったかも。んじゃ、師匠、よろしくお願いします」

「おう、腕が鳴るぜ!」

「風の魔剣、レベル3、霞払いネブルドゥム

 俺の剣から無数の風の刃が飛ぶ。妖鬼たちは無警戒に風の刃に切り刻まれていく。人間より若干視力が弱いとされる妖鬼たちにとって、風の刃が突然現れたように見えるのだろう。

 じきに、破れかぶれになったようすの紅妖鬼たちが突撃をしかけてくる。

 それでも、俺の魔剣がいったん勢いをなくしたタイミングで攻めてくるのは、戦い慣れた群れであることを思わせる。

「また食らえ。風の魔剣、レベル3、霞払いネブルドゥム

 俺が魔剣を起動し直すと、また紅妖鬼たちの刻まれた身体が中を舞うようになる。

 しかし、風の刃をくぐり抜けた数匹が迫ってくる。

「待ってたぜ! 俺が相手だ」

 師匠が待ち構えているところに、紅妖鬼たちが数匹近づいていく。撹乱しつつ包囲しようという動きだ。それに対して、師匠は迷うことなく前進して、神速で三匹の紅妖鬼を首と胴体に斬りさばく。後ろに回り込もうとしていた妖鬼も、すぐに間合いを詰められて首を刎ねられる。

 通常は人間より妖鬼の方が素早さで優るものだが、師匠の速さの前では全くかなわない。

 その後も、俺は一対多数向けの魔剣を使い続け、その攻撃をすり抜けてきた奴を師匠が仕留めていった。

 しばらくすると、屯所にこもっていた近郊守備隊の兵も外に出てきて、師匠の役割を分担するようになる。また、近隣の屯所や王都からも援軍が続々と加わり、俺の攻撃の邪魔にならない範囲で紅妖鬼の群れを攻撃し始める。

「フェルサ殿、遅ればせながら、お手伝いさせてください!」

「オスワルドさん、お願いします!」

 オスワルド率いる騎兵小隊が突撃を始める。

 最初に雷を喰らわせてから、一時間がたっただろうか。ひたすら押し寄せて来ていた紅妖鬼の大群が足を止める。さすがに、戦局が不利に傾いたことに気づいたのだろう。

「おい、フェルサ。まさか、このまま帰すつもりじゃねぇよな」

「もちろんです、師匠。行きますか」

「おうよ」

 俺と師匠は同時に前に向けて走り始める。目指すは、地平線近くに見える紅色の旗、この大群の頭であろう妖鬼王の居場所だ。

「あいつを逃がしちまったら、またすぐに攻めてくるだろうしな」

 半年前にそうしたように、俺と師匠は妖鬼の旗目指してまっすぐに突っ込んでいく。通り道にいた妖鬼は首と胴が離れ、次々に倒れていく。

 俺と師匠が突撃を始めた頃に、王都から派手に砂煙をたてて走ってくる騎兵の一団を見つける。その一団の中から、さらに早い一騎が抜け出してくる。

 凄い速さのその騎士が通る場所には、恐れをなした妖鬼たちが逃げ出し、自然と道が見えた。

 騎士は駆け抜け、紅色の旗に向けて突進し、一撃で紅妖鬼王の首を胴体から切り離し、二合目ではその首を自らの剣で串刺しにした。

 騎士はその首を高々と掲げ、叫ぶ。

「近衛騎兵中隊長・セフェリノ=ヴィースが貴様らの大将を討ち取った。同じ目にあいたくなければ、二度と人間の街を襲おうなどと考えるな」

「フェルサ、あいつ……」

「はい。俺の、兄上です……」

 煌びやかな近衛騎兵の鎧を着込み、紅妖鬼王の首を周囲に見せつける男。間違いなく、俺の長兄だった。

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