第5話 新しい弟子

 相手の魔剣が発動する前に、近くにいた数名の足を攻撃して倒す。次第に様々な魔剣が発動し俺に向けて放たれるが、レベル3の多用途結界と体捌きだけで充分に防ぐことが出来る。

 見ると、お嬢が大剣を振りかぶり、魔剣を発動しようとしていた。

「風の魔剣、レベル3、旋風輪舞ロンルテクス

お嬢が大剣を振り下ろすと、無数の旋風が発生して男たちの身体を引き裂く。お嬢は手抜きする気はないようで、俺だけを見ていた奴の中には、重要な腱を裂かれたり、手足を切り飛ばされた者もいる。

 ――お嬢、やり過ぎだ。

 俺は一瞬、男たちを憐れに思うが、元々少女ひとりしかいないところに押しかけて取り囲んでいたのはこいつらなのだから、当然の報いということも出来る。

 お嬢の魔剣が収まるのを待ち、軽傷者は帰り、重傷者は逃げるなと声をかける。お嬢の技にキレがあるため、切断された手足もくっつけて上位回復魔法で癒やせば繋ぐことが出来る。

 すぐそばの、右腕を切り落とされて泣いている男を回復魔法で癒す。

「痛さや恐怖は自業自得だ。もうここに来るなよ」

「は、はい。ありがとうございます」

 男たちの間を順番に回って治療を済ませていくと、息を整えたお嬢の顔が真っ青になるのがわかった。

 おそらく、恐怖に駆られて全力を出してしまい、取り返しのつかないことになりかねなかったのに気づいたのだろう。

 幾人もの武人を不具にすれば、必ず大きな逆恨みに遭う。

 お嬢に非があるとは思わないが、逆恨みする方とすれば、そんなことはどうでもいいのだ。だからこそ、師匠には自分より格下の相手は重傷にならないよう手加減しろと教えられてきた。

 しかし、あれだけの数の男たちに囲まれて、お嬢に余裕があったとはいえない。旋風輪舞ロンルテクスはお嬢が今扱える最大の魔剣であり、これで勝負がつかなければ、男たちに何をされたかわからない。あどけない少女をそこまで追い詰めたのはこいつらであり、俺がいなくて手足の一本や二本失ったとしても自己責任だ。

 最後の重傷者の左足首を繋げ、帰らせる。その背中を見送って、お嬢に近づいていく。

「ご苦労だったな、フェルサ」

「師匠!?」

「ああ。俺が早くに現れていれば、手間をかけさせずに済んだのにな。すまん」

「帰りが遅かった俺の責任もあります。ところで師匠、地獄の神に追い出されて来たんですか?」

「ああ? うーん。まぁ、似たようなもんだ。イルナが意識を失ったり、激しく動揺したりすると、こうして俺が出てこられるみたいだ」

「マジか。ただで死ぬような人間じゃないとは思ってましたが、まさか地獄から突っ返されてくるとは……」

「お前、それ、言い方!」

 ふっと、お嬢の身体から力が抜ける。倒れそうになるのを抱きとめると、お嬢の身体が血の気が引いているのがわかる。

 急ぎ道場奥のベッドに運び、毛布を何重かにしてかける。

「遅くなって申し訳ありませんでした。お嬢、師匠」

 その日は俺が道場の掃除と晩飯の支度を終えてもお嬢が目覚めることはなく、道場近くの屋敷に帰っても眠り続けていた。


 翌朝、朝練を終えた後で、粥の用意をしつつ、お嬢の部屋に声をかける。返事があり、部屋に入る許可をもらう。

「お嬢、具合はどうですか」

「はい。お蔭様で。昨日の、後のことはフェルサさんが全てやってくださったのですか」

「ええ。二度と魔法剣士になれないような傷は、全て治してやりました。俺だってあいつらに腹が立ちますが、お嬢が後々逆恨みされないためです」

「大変ご迷惑をおかけしました」

「いえ。全ては師匠の教え通りにしたことです。お嬢は大の男たち相手によく戦ったと思います」

 お嬢は半身起こした状態でうなだれている。

「本当に面目ないことです」

「お嬢はまだ十三歳なんですから、あれだけの数の男相手に手加減は難しかったと思います。気に病まないでください」

「フェルサさん」

 お嬢が涙を流しながら、俺に身を委ねる。俺はお嬢の頭を優しく撫でる。

「普段からお嬢の兄代わりだ親代わりだと大口叩いておいて、また怖い思いをさせてしまいました。お嬢が立派な魔法剣士になるまで、もう俺はお嬢のそばを離れませんから」

「私は父のような魔法剣士になれたとしても、フェルサさんのそばから離れたくありません」

「わかりました。道場の運営も、毎日の稽古も、ずっとお嬢のそばにいると約束します」

「フェルサさん」

「お嬢」

 俺はお嬢の小さな背中を抱く。

「毎日の食事もお婿さん探しも、全部お任せください」

「え!?」

「三国一の婿殿を、必ず探してみせますから。誓ってお嬢をひとりにはさせませんよ」

 飛び起きるように俺の身体から離れたお嬢は、怨みがましい目でこちらを見る。はて、気に障ることでも言ってしまっただろうか。

「お嬢。何か?」

「もういいです。着がえるので、部屋を出てもらえますか?」

「あ、いつもの調子になってきましたね。粥も炊きあがる頃です。お待ちしてますね」

 俺はお嬢の部屋を辞すると、道場の台所に急ぐ。粥に合う漬物は何かあったろうかと考えつつ、お嬢が元気になってよかったと台所仕事に戻った。


 師匠が亡くなって以来、一日クレト兄の捜索をしたら、一日は道場近くを回って新弟子の募集をするという日課にしている。

 クレト兄の捜索については、旅芸人雛鳥一座の力を借りられることになったり、占い師アドラの情報を得たりと少しは動きがあった。

 一方で、新弟子募集については、クレト兄の事件が人々の知るところとなって以来、一人として入門させることが出来ていない。

 昨日、オスワルドがホワイトファングの素材を換金し届けてくれた金で一月は生活出来るだろう。新弟子を数人見つけるよりも魔獣討伐の方が効率はいいが、弟子のいない道場はどこか寂れたイメージになるもので、より新弟子の気配が遠のいてしまいそうに思う。

「それにしても、どうしてここまで注目がないのでしょうか」

 人目を引く目的で、お嬢と俺が木剣で打ち合ってみても、ただの見物人すら集まらないのはあまりに不自然に思われる。

「お嬢、もっと派手に技を使ってみてください」

「え? 危ないですよ」

「大丈夫ですから」

「お待ち下さーい!」

 声のした方向に向き直ると、アルマンサ流師範代、レオポルド=アルマンサが手を振りながら走ってくる。

「おー、お漏らしレオポン」

「それやめてください。お嬢さーん!」

「なんですか? お漏らしレオポンさん」

「それやめてください」

 レオポンは俺たちの前に来て、少し息を整えると、真面目な顔になる。

「ウチの門弟たちから聞いた話なんですが、スィマト流のいろいろな噂が意図的に流されている様子なんです」

「なんだと」

「どうしてスィマト流が急に人気を無くしたのか、私なりに調べようとしたら、門弟ごとに全く異なる悪い噂を聞きつけていて。これは、誰かが意図的にやっているのだろうと結論づけました」

「そうなのか……、で、なんでレオポンがそんなこと調べてくれたんだ?」

「実は、父上に破門されました」

「何?」

「それで、スィマト流で一から学び直して来いと」

「お前の父君が仰りそうなことだな。真面目な方だからな」

「それで、手土産に何か役に立ちたいと思って、調べてきたということです」

「そうだったのか。それはありがたい」

「はい。あと、先日私が払った遅延してた家賃は入門料代わりにしてもらいたいのです。そして今後は家賃と同額を授業料としてお納めいただくと」

「そんなに破格な授業料……」

「父からの申し出です。父も先代のイサーク様にはお世話になったそうで、恩返しも兼ねてスィマト流再興に力を貸したいと」

「師匠が……。そうか、ではレオポンはうちの門弟になるんだな」

「レオポンやめてください。はい。よろしくお願いします!」

「よろしく頼む」

「よろしくお願いします、レオポンさん」

「お嬢さん、レオポンはやめてください」

「あら、ごめんなさい、レオポンさん」

「……」

 レオポンの入門が決まったところで、一旦道場に引き上げることにした。全てはレオポンの父君であるプラシド=アルマンサの好意によることではあるが、一歩前進出来ただろうか。


「まずは、お前自身の力をしっかり発揮してほしい。アルマンサ流に形はあるか?」

「はい。八つの形があります」

「そこからやってみてくれ。お前の本来の力を見たいだけだから、緊張することもないし、お漏らしするようなことはないぞ」

「お漏らしじゃありません。股間の大汗です」

「わかったわかった。形」

「わかっていただけてない気が……」

「形」

「はい!」

 レオポンは正眼から始まる八つの形を見せる。喧嘩殺法、実戦主義のスィマト流と異なり、アルマンサ流は王室関係者も学ぶような正統派魔剣術だ。ひとつひとつの形が洗練されており、美しさすら感じる。

 レオポンはやはり、頭が多少足りなくとも、アルマンサ流師範代をやっていただけのことはある。

「よし、次は、地水火風それぞれのレベル1の魔剣を見せてくれ」

「はい!」

 レオポンは基本の形の応用であるレベル1の魔剣を丁寧に発動させていった。

「次は、地水火風のレベル2」

「はい!」

 ――問題ない。レベル2までに変な癖がなければ、我流の変な癖はほぼ問題ないとみていい。

「じゃあ、最後に一番強力な魔剣を見せろ」

「はい! 水の魔剣、レベル5、昇竜闘牙ドラコルヌ

 魔剣によって召喚された水の精が足元に集まり、レオポンの逆袈裟の剣先に従って下から上へと龍の残像が昇って行った。なかなかの威力を感じさせる魔剣だ。さすがは、水の魔剣が得意なアルマンサ流だという印象を強くする。

「よし。さすがはアルマンサ流元師範代だ。敢えていうなら、逆袈裟の角度をもっと縦につけた方が威力が上がりそうだな。水の魔剣、レベル5、昇竜闘牙ドラコルヌ

 先ほどレオポンが見せた精霊召喚や集合の感覚を思い出しつつ、より下から上へと昇る力の流れを意識する。より大きく残忍な龍の残像が走っていく。

「え? そんな、それは私のオリジナルの魔剣ですよ、そんな、一見しただけで!」

「ああ。初見で見切るのは得意なんだ。平凡な俺の一番の武器かもな」

「フェルサ師範代には平凡な要素もないし、初見で見切るなんて凄すぎですよ……」

「普通、普通。レオポンの実力は見せてもらった。せっかくアルマンサ流で身につけた基礎を崩したくないから、俺たちからは無理せず盗めるものだけ盗んでいくといい」

「は、はい」

「じゃあ、まずは身体を温めるためにアルマンサ流の形から全属性レベル2までを百回繰り返しだ。基礎錬はアルマンサ流で培ったものを大切に、誇りを持ってやるんだぞ」

「はい!」

 レオポンが目の色を変えて情熱的に基礎練を始めるのを確認して、俺はお嬢のそばにいく。

「レオポンなら充分に留守番が勤まります。事情を話して、明日からは二人でクレト兄捜しを優先させてもらいましょう」

「わかりました。レオポンさんには少し申し訳なく思いますが……」

「お嬢の頼みなら、きっと同意してくれますよ。あいつ、アルマンサ流で身につけたものに誠実さが滲み出てますよ。顔もなかなかいいし、どうですか、お嬢」

「……」

「お嬢? 足踏んでますよ、お嬢。痛い、お嬢ってば、痛いですって……」

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