第4話 特別街道

 サヴァト神殿は王都ディスニアの第四城壁を出て3時間ほど歩いた先にある。城壁を出る以上、魔獣が闊歩する土地なのだが、サヴァト神殿までは特別街道が整備されていて、肉眼で見える範囲に必ず衛兵屯所がある。

 特別街道の衛兵屯所には魔獣を狩るために兵が配置され、同時に一般人が避難できるようになってもいる。

 屯所には見張り塔が設置されていて、魔獣の群れを見つけたときには最寄りの屯所に避難するよう注意を促す役割もある。

 俺が王都を離れて一時間がたったころ、前方の屯所で避難を促す赤い旗が立てられた。

 辺りを見渡すと、少し前方に女性二人と子ども数人の姿がある。避難を手伝おうと、急いで走る。

「手伝いに来ました。ほら、お兄さんに掴まって」

「すみません、ありがとうございます」

「いくら特別街道でも、子どもの足では緊急事態に対応できません。事情は後で伺いますが、屯所に着くまでは私から離れないでください」

「わかりました」

 最初に赤旗を掲げた屯所では狼煙が炊かれた上に、兵たちが外に出て、防御方陣を作っている。強い魔獣や、数の多い魔獣が現れたときの対応だ。

 ふと何かの視線に気付くと、北の地平線の向こうに、大きな狼の姿がある。

「よりによってホワイトファングか」

 大型で数も多い厄介な魔獣だ。しかも、その数を活かして策を練って襲ってくる。

「残念ですが、屯所に着く前に襲って来ます。皆で固まってください」

「え!? それはどういうことですか」

「あのように姿を見せつけるときには、大抵反対側に大きな群れを隠れさせています。おそらく、南のあの草むらに」

「そんなに近くに!?」

 抱いていた子どもを下ろすと、俺は草むらの方へ一歩進み出る。

「皆さんのことは俺が守ります。一箇所に固まって、絶対に動かないでください。子どもがパニックで逃げないよう、しっかり抱きしめてやってください」

 俺は腰を落とし、魔力を身体中にみなぎらせていく。当然、ホワイトファングたちはそれをみて警戒をする。

 俺が舐められてしまえば、ホワイトファングの群れは弱い者を狙う。俺が恐れられていれば、まず俺を倒そうとする。

 ――来る。

 草むらから数十頭の群れが一斉に飛び出て来る。俺は剣を抜き、構える。

「風の魔剣、レベル3、霞払いネブルドゥム

 俺の剣先から発した無数の風の刃が、狼たちを襲う。細かな魔力操作で急所である首を狙う。

 ホワイトファングの首と胴が離れていく。二十頭は一度に倒しただろうか、群れの足が止まり、霞払いネブルドゥムの刃を回避しようと動くようになる。

 ホワイトファングたちの足が止まったのを見て、俺も魔剣を止める。

 背後を確認すると、囮役だった北にいた群れが近づいており、挟み撃ちされる状況になっている。

「風の魔剣、レベル5、風龍乱舞ドラケントゥス

 俺が剣を上段に構えると、剣先から無数の風の龍が現れ、周囲の狼たちを食い散らしていく。

 しばらくすると、ボスと思われる一番大型のホワイトファングが逃げていく。それを見た他の狼たちも逃走を始め、勝負が決まった。

 魔剣を止めると、子どもたちの方へ向かう。

「皆、無事ですか?」

「はい、おかげ様で。それにしても、すごい……」

 女の一人が、こちらに近づいてくる。

「私たちは旅芸人の者で、気に入ってくれた旦那の元で食事のお誘いをいただいた帰りでした。もう一座の仲間に会えないかもしれないと覚悟までしたのに、なんとお礼をいえばいいか」

「なに、カルドゥスでは魔法剣士が民を守るのは義務ですから。礼をいただくことではありません」

「ああ、本当に、カルドゥスの魔法剣士様はお人柄も優れた方が多い……私は雛鳥一座の座長の娘、ララと申します。大したお礼は出来ないと思いますが、サヴァトに着いたら一座の皆に紹介をさせてください」

「わかりました」

 礼を言われるのはくすぐったいが、心から感謝してくれているのがわかるので、邪険には出来ない。

「お、お待ち下さーい」

 若い男の声に振り返ると、数十名の騎兵がこちらに向かってくる。

「魔法剣士殿ー!」

 先頭の若い騎士がスピードを上げて追ってくるため、俺たちは立ち止まることにした。

 カルドゥス王国では魔法剣士を特別に重用しており、魔法剣士であるだけで、在野にあっても士官待遇を受ける。若い騎士も、同じ程度の階級のつもりで丁寧な言葉遣いをしているようだ。

「剣士殿、素晴らしい魔剣でした! 我々ではこの人たちの救出も間に合わなかったかもしれません。本当にありがとうございます」

「いえ、当然のことです」

「よろしければ、お名前をお教えいただけませんか。私は近郊守備隊騎兵第2小隊長のオスワルド=サウセドと申します」

 オスワルドは、自分の所属と名前をいうと、無垢な瞳でこちらの発言を待っている。

「……私はスィマト流魔剣術師範代のフェルサ=ヴィースと申します」

 俺の流派を聞いて、オスワルドの表情にかげりが見えた。オスワルドはおもむろに馬から下りると、ゆっくりこちらに近づいてくる。

「あなたが、イサーク様のお弟子さんなんですね。私は幼い頃、イサーク様に一族皆の命を助けて貰ったことがあるのです」

「そうでしたか……」

「お弟子さんの一人が殺人のかどで手配されたことや、それによって格付けが落ちたこと、門弟が激減したこと、更にはイサーク様の突然の訃報、全て耳にいたしました。あなたが、兄弟子さんの疑惑の影響で魔剣百傑から外されたことも存じています」

「兄弟子が逃げ出してしまったばかりに……情けなく思っています」

「そんな。イサーク様の一番弟子だった方が理由もなく人を殺めるはずはありません。きっと、何かの間違いですよ。もしかして、兄弟子さんを捜すためにサヴァトを目指しているんですか?」

「はい、そんなところです」

「でしたら、サヴァト城内の参道沿いにあるアドラと名乗る占い師をお尋ねになるといいかと。人捜しでは有名な占い師なんです」

「アドラ、ですね。ありがとうございます」

「それから、サウセドの家名を出せば色々なところで融通が利くかと思います。私自身も、事件のことや兄弟子さんのことで何か情報を得たら道場に伺うつもりでおります」

「ありがとうございます。とてもご親切に」

「今のサウセド家があるのはイサーク様あってのこと。お弟子さんにそれくらいさせていただくのは当然のことです。そうだ、ホワイトファングの死体処理をお任せください。換金出来たら、道場にお届けします」

「いえ、そんなことまでさせられません。死体処理の利益は、国庫に納めてください」

「いけません、フェルサ殿。これだけの数ですから、かなりの利益になるはず。もともと、死体処理を含めて魔物退治のサポートは我々近郊守備隊の業務範囲ですし、スィマト道場だって、先立つものが必要な時期でしょう?」

 確かに、お嬢のことを考えれば、金はあった方がいい。

「お気遣い、感謝いたします。なんとお礼をいっていいか」

「いえいえ、全てはイサーク様への恩返しです」

 オスワルドに甘えて死体処理をお願いして、サヴァト神殿への道を進み始める。いつかの師匠の行いのおかげで、思わぬ協力者を得ることが出来た。謙虚そのもののオスワルドだが、俺の記憶が正しければ、今をときめくサウセド宰相の嫡男だ。

 師匠はよく「情けは人のためならず」と言っていたが、正に師匠の言うとおりだったわけだ。

 サヴァトへの道を歩きながらそう考えていると、ララが何かを決心したように俺の目を見て話し始めた。

「先ほどのお話、聞こえてしまいました。すみません。あの、私もフェルサ様のお役に立ちたいのです。旅芸人の伝を使えば、色々なところで情報を得ることが出来ます。兄弟子様の件、私たちにもお手伝いさせてください」

「そんな、お礼なんて……、いや、ありがたくお願いすることにします。一刻も早く解決して、気を楽にさせてあげたい人がいるので」

「あ、大切な方なんですね」

「まぁ、師匠のお嬢さんなんです。まだ幼いので、俺が父代わり、兄代わりで支えてあげないと」

「そうなんですね!」

 小さな子を大人が抱っこしてあげると、かなり早く歩くことが出来る。

 二時間ほどでサヴァトに到着して、雛鳥一座の滞在しているキャンプに着くと、ちょうど昼時になっており、異国情緒溢れるスパイシーな香りが漂っていた。座長に誘われたので、ありがたくご相伴にあずかることにする。

「この度はララや子どもたちを助けていただき、本当にありがとうございました。ララも子どもたちも才能溢れる次世代の踊り手です。フェルサ様がお助けくださったのは、一座の未来。私共の出来ることはなんでも協力させてくだされ」

「心強いお言葉、ありがとうございます」

 雛鳥一座で作られたスープは南方の香辛料がふんだんに使われており、辛みと甘味のバランスがよく、大粒の豆もよく煮えていて大変美味だ。遠慮なくお代わりもいただく。

「兄弟子様のお名前と、特徴をお伺いしてよろしいでしょうか」

「はい、名はクレト=メラス。背は私より少し小さいが、全身が鋼のように鍛えられています。声は低く、眼光は鋭く、左頬には大きな刀創があります。得意な剣は長剣で、火の魔剣を特に器用に扱えます」

「なるほど。なかなか特徴的な御仁のようですな。我々は行く先々でその方の情報を集め、フェルサ様にお伝えしましょう」

「ありがとうございます」

 その後は旅先での出来事など聞かせてもらいつつ、腹が満たされるまで馳走になった。

「私たちはもう一月はサヴァトに留まる予定です。もし機会があったら、またいらしてくださいね。よければ、芝居も見に来てください」

「ああ。きっとまた来るよ。今日はありがとう」

「こちらこそ、命を助けていただいたこと、一生忘れません。では、兄弟子様の消息がわかり次第すぐお知らせしますね」

「よろしく頼みます。では」

「道中お気を付けて」


 雛鳥一座の滞在先を辞した俺は、世界中から集まった武芸者たちから情報を集める。クレト兄は腕の立つ武人のため、姿形を変えて偽名を使ったとしても、きっと目立つに違いないのだ。

 しかし、これといった収穫もないまま、夕刻が近づいてくる。

 この時間に発たないと、道場に帰るのが遅くなってしまう。オスワルドが教えてくれたアドラという占い師のところにも寄りたいが、次回にまわすことにする。

 門衛に日が落ちるからやめておけと忠告されるが、構わず街を出る。


 王都ディスニアへ向かう道中、手負いのホワイトファングに襲いかかられ返り討ちにする。

 おそらく、朝に多くを倒した群れで、ボスの座を争って敗れたのだろう。他に気配が全くなかったから、はぐれ狼に間違いなかった。心臓近くから魔石だけ取り出して手土産にし、残りは土魔法を使って埋葬した。


 どうにか道場に帰り着いたところで、嫌な気配を感じて立ち止まる。気配のひとつはお嬢だ。得意の大剣を振り回し、戦闘中のようだ。その相手は数十人いて、お嬢を取り囲んでいる。

「お嬢!」

 急いで道場の入り口まで走る。

 道場の中には、四十人ほどの男たちがおり、全員がお嬢を取り囲み、木剣を構えている。お嬢も練習用の身長の2倍はある異常に大きな木剣を持ち、応戦している。

 お嬢の動きはいつも通りで、身体能力強化と持ち前のしなやかな身体を活かし、大剣の重さを活かした攻撃をする。

 男たちは、遠巻きに距離を取り、お嬢のスタミナ切れを待っているようだ。

「お嬢! これはどういう?」

「フェルサさん、この方たちは皆、私の許嫁になりたいそうで、モテすぎて大変なんです」

 よく見てみれば、昨夜現れたアルマンサ流の剣士たちと顔ぶれがかぶっている。しかし、レオポンの姿はない。

「おい、お前らは大将の目を盗んでこんなことをしているのか」

「ああ。もうあんな馬鹿後継の流派は終わりだ。俺がイルナちゃんの婿に入ってスィマト流を継ぐんだ」

「お前らの発想は既に馬鹿跡取りと一緒だぞ」

「うるさい! 一番の邪魔者はお前だ」

 男たちが木剣を捨て、真剣を鞘から抜く。その動作のためらいのなさに、俺は違和感を覚える。

 それを見たお嬢も、木製の大剣を床に置き、本物の大剣を召喚している。そして、俺は鞘に手をかける。

「お前らに指示を出したのは誰だ」

「何を言っている?」

「まぁ、話せないのかもしれんがな」

 俺が剣を抜き放つと、それとタイミングを合わせたかのように、全ての男たちが魔剣の準備態勢に入る。

 俺も間合いを詰めつつ、魔剣の準備をする。

「お嬢のお相手するには百年早いんだよ!」

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