第3話 出会い

 俺の火の魔剣が相手の意表を突いた、そう思ったとき、男は自然な足さばきで俺の不規則な剣戟をかわしていく。

「ほお、やるじゃねぇか小僧。どこで学んだ」

「兄上の師匠から目で盗んだんだよ。糞っ、絶対に当ててやる」

「目で盗む、か。やるなぁ」

「……!」

 俺が更に意表を突く動きをしたところで、男は「カハァッ」と嫌な声を出して倒れた。

「お前……、今……、レベル4の、風魔法も出したな……」

「人の刃が迫ってんのに、考え事なんかすんじゃねぇよ。俺が本気出してたら死んでたな、おっさん」

 白目を剥いて気絶したおっさんを放置して、俺は急いでその場を離れる。目立つことをしてしまったので、逃げなくてはならない。

 旗本は、古来から優れた武人を輩出してきた家柄だ。俺のように特別な強さを生まれ持っている者も多い。しかし、それが嫡男であるとは限らない。

 旗本奴には、俺と同じくらい素質を持ったやつも数人いる。しかし、誰もその才能を伸ばそうとはしない。嫡男より優れた才能を見出されてしまうなり、もはや鬼子として、実家の兵に追われ殺されてしまうからだ。

 稼ぎは充分だったから、旗本奴のリーダーは満足げにふんと鼻をならした。俺たちはまた夜遅くまで遊び、野営地か実家に別れて睡眠をとる。

 俺は専ら野営地住まいだった。俺の才能が知れるなり、俺を殺そうとするだろうやつらの家なんかに帰りたくなかった。


 次の日、獲物を探して街を歩いていると、またイサークとかいうおっさんと出くわしてしまった。

「昨日は失礼した。刃を交える相手の前で考え事は無礼だった。謝る。改めて勝負を挑みたい」

 俺はイサークを睨む。

 真剣な顔をして、どれだけ馬鹿なことを言っているのだろうか。

 普通の戦い方では勝ち目がないから、意表を突いてやっと勝ったのに、もう一戦させろというのだ。今度はボコボコにさせてくれと言うようなものだ。

「やだね。俺の隠し技はもう使っちまった。好んでやられたくはない」

「そうか。わかった。お前に負けた男の弟子なんか嫌かもしれんが、折角の才能、活かさないのはもったいない。お前の実家のことは俺がなんとかする。だから、俺んとこに来い」

 そのときの俺は、なぜか自分に負けたおっさんのところへ行こうかという変な迷いが生じていた。

 しかし、おっさんがどう頑張ったところで、旗本の五男が嫡男より強くなって生きていられるとは思っていなかった。

「出来ない約束すんなよ、おっさん」

 いくら剣魔七雄の肩書があっても、所詮は俺に意表を突かれて負けた男だ。そんな人間についていってはいけない。

 俺はそう思って、おっさんに別れを告げた。


 それから数日後、俺がいつもどおり旗本の嫡男を倒して金を奪っていたところ、イサークのおっさんが俺と年格好の近いガキを連れて声をかけてきた。

「あんたなんかの弟子にはならねえぞ」

「おい、お前、師匠に向かってなんて言葉遣いだ」

「自分が負けたから、今度は自慢の弟子でも連れてきたのか」

 俺はガキを無視してイサークに話しかける。イサークは力強く頷いて微笑んでいる。俺の弟子を見ろと言わんばかりだ。

「俺の一番弟子のクレトだ。年上の弟子とやり合って勝ち続けている」

「マヌケのあんたんとこにはマヌケが多そうだからな」

「貴様っ、言わせておけば……!」

 クレトとかいうガキが、俺の前にしゃしゃり出てくる。

「怪我したくなきゃどけ」

「貴様こそ、腕の一本や二本折られる覚悟をしとけ」

 そういって、クレトは剣を抜き、上段に構える。すると、さっきまでザワザワと落ち着きのなかったクレトの気が静まり、素早く練り上げられていく。

「わかった、わかった。来い」

 俺はクレトとやり合うことを決めて、まっすぐ向き合う。

「三振りまで好きに打てよ。四振り目からは俺も剣を抜く」

「どこまでも馬鹿にしやがって。たかが旗本のむだ飯食らいが」

 クレトの一振り目が来る。上段の構えを活かし、素早く力強い振りだ。しかし、応変の柔らかさがない振りだ。俺は軽く避ける。

 すると風魔法が発動し、剣から風の塊が飛んでくる。俺は仕方なく左腕に結界をはり、その魔法をやり過ごす。

 クレトは休むことなく構えを変えて、俺に突きを繰り出す。俺は魔法を警戒して結界の準備をしつつ、落ち着いて突きを避ける。

 剣先が素早く赤くなり、そこから炎の渦が現れる。

「火の魔剣、レベル4、昇龍炎舞ドラコフランマ

 龍を思わせる炎の帯がうねりつつ俺を捕らえようとする。俺は結界を斜めに張り、龍の衝撃を受け流す。

「糞ったれー!」

 クレトが鬼のような表情になり、突いた剣の角度をそのまま活かし、袈裟切りを仕掛けて来る。

「氷の魔剣、レベル5、氷虎一閃ティグラキエス

 クレトが全身の魔力を剣に乗せてレベル5の魔剣を繰り出す。虎の姿をした氷のオーラが俺に襲いかかる。

「土の魔法、レベル6、大地の防壁テッラスクトゥム

 俺が作り出した防壁にぶつかり、虎の姿をとったオーラが四散していく。

「な、レベル6の結界だと?」

 誰でも努力すれば身につくのはレベル2まで。レベル3は剣士の10パーセント、レベル4は5パーセントほどしか習得しない。レベル5はその一芸でいい暮らしが出来、レベル6ともなれば国の宝と言われる。子どもが扱うことなど普通はあり得ない。

「約束の三振りの終了だ。次からは、俺も剣を抜く」

「あーー、ムカつくぜ。旗本奴の分際でよぉ。もう一回食らえ、火の魔剣、レベル4、昇龍炎舞ドラコフランマ

「氷の魔剣、レベル4、氷狼跋扈グラキエルプス

 俺の技とクレトの技がぶつかり合い、互いにしのぎを削る状況となる。しかし、数秒経過したところで、炎の龍が凍り始め、氷の狼に食い散らかされる。

 そして氷の狼はクレトに襲いかかり、冷気がクレトを包み込む。気を失い、クレトが倒れる。

「終わりだな。おっさん、治癒魔法は使えるのか?」

「待て、俺はまだ負けてない」

 起き上がったクレトは、俺の前に立ちはだかる。

「おい、あんたがおっさんのためにそこまでする義理もないだろ。そんな師匠捨てて、他を当たった方がいいぞ」

「ふざけるな。俺の師匠を侮辱するな。絶対に許さねぇからな」

 クレトは身体のあちこちに凍傷がある。相当な痛みがありそうな状況にも関わらず、立ち上がり、剣を構える。

「氷の魔剣、レベル5、氷虎一閃ティグラキエス

 クレトが先ほどと同じ魔剣を繰り出すのをみて、俺は正面から力比べをしようと考えた。

「氷の魔剣、レベル5、氷虎一閃ティグラキエス

 おそらくこれが、クレトの使える最強の魔剣なのだろう。同じ魔剣同士で負ければ、諦めもつくだろう。

 氷の虎が二頭、正面からぶつかり合う。氷の爪、氷の牙が互いの身体を傷つける。しばらくの戦いの後、クレトの虎が粉々に砕け、俺が放った氷の虎がクレトに襲いかかる。

 俺とそう変わらない年齢だろうクレトの華奢な身体が、氷の虎に切り裂かれる。

 大量の血が噴き出して、クレトが仰向けに倒れる。

 俺は大急ぎでクレトに駆けより、治癒魔法を使う。

「待て。まだ終わってねぇ」

「何を言ってる。死ぬぞ」

「俺は死んでもお前に負けねぇ」

 血だらけのクレトの両手が、俺の右腕をつかむ。しかし、俺は治癒魔法を続ける。

「おっさん」

「ああ」

「あんた、弟子をなんだと思っている。こいつと俺を戦わせて、どうしたかった? こいつに何を与えたかった」

 俺には、クレトは無駄に命をかけさせられたようにしか見えない。

「戦わせてやりたかっただけだ。クレトは年の近い強い相手を求めていた。武人なら当然の欲求だ」

「それで、こいつが死んだらどうするつもりだった。あんたにこの傷を治せたのか、あんたなら、死んでも生き返らせることが出来たのか」

「出来ねぇ」

「じゃあ、犬死にさせるかもしれないとわかってて俺にけしかけたのか」

「待て!」

 クレトが俺の腕を掴む力が増す。

「師匠は俺の願いを聞いただけだ。俺はお前とやり合いたかった。お前の鼻っ柱を折ってやりたかったのに、情けなく返り討ちにあっただけだ」

「そんなもんが師匠かよ。まだガキなのに、ここで死ぬかもしれなかったんだぞ、お前は!」

「死ぬなら、俺がそこまでの人間だってだけだ。武人なら、戦いで倒れるのは本望。こんな情け、必要なかった」

「狂ってるよ、お前」

「武人の癖に、才能がある癖に、高みを目指さないお前なんかが師匠を悪くいうな」

「親に、兄に、いつ殺されるかわからない俺の気持ちがお前にわかるか」

「わからねぇよ、親なんか知らねぇし、兄弟がいるかさえ知れねぇ。天涯孤独な俺が生きて行くには、強くなるしかねぇんだよ。元から、弱ければ死ぬ運命なんだ」

 俺はクレトの身体を突き放す。治癒魔法は充分に効いて、クレトの傷は完全に良くなっている。

「あー、こっちまで頭がおかしくなる。剣は生きるために使えよ。死ぬためじゃない」

「いいこと言うな、小僧」

 イサークはそう言うと、クレトの腕をつかんで立たせる。傷が治ったとはいえ、体力まで回復する訳ではない。

「もしお前が武人として頂きを目指したくなったら、俺んとこに来い。俺もクレトも、待ってるからな」

「誰が行くか」

 俺はクレトとイサークの背中をぼんやり見ていた。

 この数日後に、俺はスィマト流に入門した。


「フェルサさん、朝ですよ」

「うーん。ん? お嬢!?」

 俺が飛び起きると、お嬢が優しく微笑んでいる。

「フェルサさんが朝寝坊なんて珍しいですね。朝餉の支度が終わったから、そろそろ起きてください」

「す、すみませんお嬢。俺、朝練と朝食を……」

「たまにはいいじゃありませんか。昨日は私を助けてくれたんだし。あれだけたくさんの人を倒すのは、フェルサさんでも大変だったでしょ」

 ――あの大勢の男を倒したのは、師匠が憑依したかのようなお嬢だった。やはり、お嬢にはあのときの記憶がないようだ。

 お嬢が台所に行くのを待ち、俺は急いで朝の支度を済ませる。久々にお嬢に食事を作らせてしまった。いい香りが廊下まで漂っている。

 物心がつく前から料理を手伝っていたお嬢の腕前は確かだ。それだけに、頼り切ってしまいそうな自分が嫌で、なるべく俺が作るようにしている。

 盛り付けを手伝い、お嬢と二人食事を始める。

「昨日は不機嫌になってごめんなさい」

「いえ、確かにおもらしレオポンが相手は嫌ですよね」

「そ、そういう訳ではないんですが……その、私は自分の相手は自分で選びたいというか、その、ずっと心に決めている人がいるというか……」

 お嬢の顔が真っ赤になっている。

「確かにもう、親が決めた相手と結婚する時代ではなくなってますよね。わかりました。お嬢の覚悟が決まったらいつでも言ってください。俺が親代わりになって全面的に応援しますから」

 お嬢の表情をみると、また不機嫌になりつつあるようだ。

「フェルサさんの、そういうところ……」

「あっ、俺が親代わりなんておこがましいですね。撤回します。でも、応援はしますから」

「もう、いいです」

 そう言ったお嬢が今度はクスクス笑いだす。

「本当、フェルサさんという人は……。ところで、今日はクレトさんを探す日ですよね。私はどこを当たればいいでしょうか」

「お嬢には負担をかけてしまいますが、また元弟子の元を一軒一軒回ってもらえますか」

「先日の続きですね。わかりました」

「俺は、大陸中から武芸者が集まるサヴァト神殿付近で聞き込みをします。クレト兄ほどの使い手なら、武芸者の間で噂になっていてもおかしくないですから」

「なるほど、それはいい方法ですね」

 俺とお嬢は、一月の内の十日間は、クレト兄を捜すことにしている。クレト兄が役人を斬ったとされる事件の詳細を知るためだ。俺もお嬢も、クレト兄のことを信じている。もし役人を斬ったとしても、やむを得ない事情があったに違いないと。


 朝餉を終えたお嬢と俺は、道場の戸締まりをしてクレト兄の捜索に出発した。

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