第4話 「結局、復讐や仕返しが上手く行くのはアニメや漫画だけって事」

僕の名前は大原勇樹。


何処にだって居る小学5年生だ、友達は多い方かもしれない。顔は……可愛いとよく言われるが僕は男なのであまり本望ではない。


何度か女子に告白された事はあるけど……僕にはずっと好きな子がいる。


山内愛菜ちゃん。クラスの人気者でとてつもなく可愛い女の子だ、街に遊びに行くとモデルや子役にスカウトされてうっとうしいと言っているくらいだから。


同世代の中でも飛びぬけて可愛いのだろう。


何度も告白しようと思ったが、彼女の周りには男女問わずいつも人で溢れている。


愛菜ちゃんを慕う女子達と恐らく彼女の事が好きであろう男子達。


どんな子にも彼女は愛想よく笑っている。まさに名前通り愛の溢れた良い子だと思う。


「なぁ愛菜、今度俺らの秘密基地に来いよ」


そんな彼女だから、時には面倒な連中に絡まれる時もある、柴田和也くんはクラスで一番体の大きい所謂ガキ大将だ。


僕も何度か叩かれた事がありあまり好きではない。


「ごめんね、あんまりそういうの興味ないんだ」


「なんだよ、せっかく誘ってやってるのによ。行こうぜ」


愛菜ちゃんは偉いと思う。他の子は怖くて言いなりになってばかりだが嫌な物にはハッキリと嫌と言う。


だからこそクラスでも人気があるのだろう……僕も見習らわなくてはといつも思う。


和也くんは断られて不機嫌になったのだろう、嫌がらせと言わんばかりに愛菜ちゃんの周りに居る女子のスカートをめくってその場を去ろうとする。


「柴田君!前から言おうと思っていたけど。そういうの辞めた方が良いと思うな!皆嫌がってるよ!」


スカートをめくられた女子は涙ぐみながら愛菜ちゃんの後ろに隠れている。和也くんは面白くなさそうに取り巻きを連れてクラスから出ていった。


「……ありがとう愛菜ちゃん」


「やられてばっかりじゃ駄目。愛菜と一緒に先生に言いに行こ?」


「でも……後で和也君に何されるか分からないし」


必死に被害にあった女子を説得している愛菜ちゃん、正義感の強い彼女らしい、僕も見ているだけでは駄目だ。


次同じような事があったら勇気を出して立ち向かわなきゃ。



そんな僕達に大きな転機が訪れたのは5年生最初の授業参観だった。


お母さんが来るので緊張している僕をよそに愛菜ちゃんはいつも通りマイペースでお友達とお喋りをしている。


愛菜ちゃんのご両親は授業参観や運動会、学芸会にも来た事がなかった。愛菜ちゃんはお母さんしかいなくて忙しいから来れないと言っていた。


運動会の時1人で寂しそうににお弁当を食べている愛菜ちゃんを何故誘ってあげなかったのかと今でも後悔している程だ……今年こそ愛菜ちゃんを誘ってみよう。


そんな事を考えているうちに、後ろの扉が開いた。フワッと嗅いだことがない匂いが教室に漂った。離れている僕達にも届く程の匂いだ。


後で知ったのだがあれは香水の匂いらしい。


他の親御さん達もざわざわしている。気になって後ろを振り向くと若く、そして……言い方は悪いかもしれないけどケバいと俗に言われるような女の人がダルそうに立っていた。


「なんで……どうして……」


小さく呟く声が耳に届いて愛菜ちゃんの方を見る、あの愛菜ちゃんが見た事も無い程うろたえていた。


クラスの至る所からあれ山内のお母さん?とひそひそ話が聞こえて来た。


その後、噂はあっという間に広がった。授業参観の後来なくていいって言ったじゃんと口論している愛菜ちゃんの姿が見られていたのだ。


愛菜ちゃんのお母さんは所謂夜のお店で働く人なのだろう。だから何だって言うんだ。


愛菜ちゃんは愛菜ちゃんだし、お母さんはお母さんだ。


2人だけで暮らしている愛菜ちゃんとお母さんは立派だ。


きっと皆そう思っている……僕は本気で、そう考えていたんだ。




「よう愛菜、俺兄ちゃんから聞いたんだけど……お前の母さん。夜のお店?ってやつで働いてるんだってな」


「……だから何?私には関係ないし」


授業参観から数日経った昼休み。和也君はニヤニヤしながら愛菜ちゃんの元にやって来た。


なんて失礼な物言いなんだろうか。直接関係のない僕でも腹が立つ。


「お前らだって親に言われてんだろ?あの子にあんまり関わるなって」


「……」


どういう事だろう。いつも愛菜ちゃんの周りに集まっていた子達が伏し目がちになっている。


「すげぇよな。お前の母さん16歳で愛菜を産んだんだろ?まだ20代じゃん」


「うちのお母さんが何歳で私を産もうが勝手でしょ?もうほっといてよ」


「へへ、そうだな」


そう言って、和也君は愛菜ちゃんのスカートをめくった。これまで愛菜ちゃんには手を出さなかったのに、愛菜ちゃんの真っ白なパンツが教室で露わになる。


「なんだよ、意外と可愛いパンツじゃん」


「やめてよ!先生に言うわよ!」


「言えばいいだろ。いっつもチクリやがって。ムカついてたんだ」


「いい加減にしろよ!」


僕は、震える程怖かったが勇気を出して和也君と愛菜ちゃんの間に入った。和也君は一瞬驚いているようだったが、また元のニヤニヤ顔になった。


「なんだ、イケメン君が正義の味方気取りか?お前もムカついてたんだよな」


ゴッと衝撃が走った。お腹を殴られたみたいだ。喧嘩なんて碌にした事がない僕では和也君に勝てる訳がないのは分かっていた。それでも。引き下がる訳にはいかない。


「愛菜ちゃんに……これまでスカートめくりをして傷つけた子達に謝れ!」


「そういうのが一番ウザイんだよ!」


次は頬だった。ジンジンと痛むほっぺをさすると自然と涙が溢れて来た。


「泣いてんじゃん。だっせぇな」


「……もういいや。めんどくさい」


そう言って、愛菜ちゃんはゆっくり立ち上がった。なんだか、いつもの愛菜ちゃんと少し雰囲気が違う気がする。


「こっちが猫被って下手に出てたらいい気になって。そんなにエッチな事したいなら。付き合ってあげるわよ」


愛菜ちゃんはゆっくりと和也君に近づき、いきなり足を掛けて彼を転ばせた。


「痛ってぇ!何する――」


周りで見ていた僕達も声を失うくらいだから、和也君は心底驚いただろう。


愛菜ちゃんは和也君の顔面に、座ってしまったのだ。


和也君は愛菜ちゃんのスカートの中にすっぽりと入ってしまい。モゴモゴと何か言っている。


「ほら、和也君が見たがってた愛菜のパンツ。いくらでも見ていいよ。愛菜はこっちを虐めてあげる」


そう言って、愛菜ちゃんは和也君の半ズボンの上からおちんちんを弄っているみたいだった。まさか、あの愛菜ちゃんがこんな事をするなんて。誰もがそう思って言葉を飲んでいた。


「――な、なんか。ヤバい!でちゃいそう!」


しばらくその体勢でいたかと思うと。和也君はそう叫んだ。


おしっこかな?まだ純粋だった僕はそう思ったが愛菜ちゃんはニヤっと笑って手を動かすのを辞めなかった。


「ふーん、和也君『まだ』なんだ……じゃあ、一生忘れられない記念になるね♡」


ビクンビクンと和也君の下半身が大きく動いたかとおもうと。


半ズボンの隙間からドロッと白い物が垂れて来た。嗅いだ事もない匂いが教室に充満した。


「んふっ♡精通おめでとう和也君♡」


「おい……やりすぎだろ山内」


「……えっ?」


クラスの男子と数名の女子が愛菜ちゃんを止めに入った。僕は痛む頬をさすって愛菜ちゃんをかばった。


「元はと言えば、和也君が悪いんじゃないか。皆だって見てたでしょ?」


「だからって、和也君の顔に座って、和也君苦しそうじゃない。和也君も悪いけど愛菜ちゃんも酷いわ!」


「……なるほど、そういう事」


愛菜ちゃんはそう呟いて、教室から出ていってしまったのだった。


今にして思えば、保健体育の授業もまだやっていない頃だ。


和也君の身に何が起こったのか皆は全然理解出来ていなかったのだろう。


ましてや人の顔面に座ってしまうなど考えも付かない年頃の話だ。


後から聞いた話ではクラスで大人気の美少女愛菜ちゃんをよく思ってない女子が数名居たらしい。


彼女達はこれ幸いと愛菜ちゃんが和也君を虐めたように騒ぎ立てたのだ。


これが、僕と愛菜ちゃんがクラスで浮いてしまう原因となった出来事だ。




「私の失敗は。あの頃の八方美人キャラが自分の目に見えない敵を作っていた事に気がつかなかった事……まっ、今となってはどうでもいいけどね」

 

愛菜ちゃんと勇樹くんの口から語られたのは俺の想像を遥かに超えた出来事だった。


泥だらけで校庭を走り回っていた自分の小学生時代からは考えも付かない事だ。


俺はなんと2人に声を掛けて良いか分からなかった。夕焼けの中愛菜ちゃんは続ける。


「結局、復讐や仕返しが上手く行くのはアニメや漫画だけって事……様々な嫌がらせを受けてクラスの人気者、美少女愛菜ちゃんとイケメン勇樹くんはすっかりクラスの隅っこ暮らしって訳……めでたしめでたし」


ころころと飴玉を転がしながら愛菜ちゃんはそんな事を言っている。


俺は掛ける言葉も思い浮かばす、気が付いたら2人の頭を撫でていた。


「なんて言っていいか分からんけど……辛かったな」


「――っ、別に、同情が欲しいわけじゃないの。小学生に射精させられる雑魚ちんぽの癖に何生意気言ってるのよ!つまんない!帰る!」


「あ、愛菜ちゃん」


「明日また来なさい!あの処女お姉さんなんとかする方法考えてあげるから!」


そう吐き捨てて愛菜ちゃんは帰ってしまった。勇樹くんはそんな愛菜ちゃんに手を振っている。


「……愛菜ちゃん、優しいんです。凄く」


「……勇樹くん、君は、ずっと彼女のそばに居てあげて」


「はい、勿論です」


ニッコリ笑う勇樹くん。


彼らは大人だ。


俺達よりも、


ずっと。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る