「怪談の醍醐味とは何だろう」と考えることがある。ホラー作品を書く度に思うことだが、怪談に必要なのは、ある種の匿名性なのではないだろうか。誰の身にも起こりうる些細な異変から恐怖の物語は始まる。魅力的な登場人物が大仰な事件に巻き込まれる、という仕掛けも時には必要だが、怪談に限っては必須ではない。むしろ、特別な人物や事件は現実味を失わせてしまうこともあり得るのである。
この作品は、ある種のベールに包まれたまま物語が進行していく。特別な登場人物も大仰な事件も存在しない。しかし、そこが怪談の醍醐味でもあると思う。身に迫るような不思議に現実味のある恐怖とでもいったようなものがある。また、驚くほど綺麗な流れで言葉が紡がれていく。心地良いほど流暢に文章が紡がれていく。「語る」という語句がピッタリと合うような感じがする。
場面描写も正確でイメージしやすい。伝えることの難しさは知っているが、この作品は特に優れているように感じる。これも怪談を語るうえで重要な要素の一つである。すっきりと簡潔で正確な文章が恐怖体験を効果的に伝える効果がある。色々と学ばせてくれる作品であると思った。怪談とはどのように語るのか……、作者様の方が一枚も二枚も上手だな、と考えさせられた。