第12話 誇らしい仲間たち
アンリちゃんの放った矢が巨大蜘蛛を捉える。
ダメージは少ないかもしれない。
それでもしっかりと、敵がいるのだと巨大蜘蛛に知らせた。
巨大蜘蛛は巣から地面に降り立ち、辺りの様子を伺っているようだった。
続けて第二射。
またもや遠く離れた位置からの攻撃で、巨大蜘蛛は射貫かれた。
第三射でようやくアンリちゃんを認識。
その巨体に似合わぬ素早さで、巨大蜘蛛は木と木の間を移動する。
「こ、怖くないんだからぁぁぁぁ!」
アンリちゃんは叫びながら第四射、第五射と矢を放っていく。
矢を食らっても巨大蜘蛛の動きは変わらない。
どんどんアンリちゃんと巨大蜘蛛の距離が狭くなる。
でもまだ、まだだ!
もっと巣から離さないと、蜘蛛が振り返って標的を変えたら失敗する。
ごめんね、アンリちゃん。もう少しだけがんばって!
蜘蛛が近づくにつれて矢の飛ぶ方向がブレていた。
きっと手が震えて攻撃の精度が下がってるんだ。
それでもなお彼女は矢を放って蜘蛛を惹きつけた。
もう十分だ!
これだけ離れれば、大丈夫なはず!
「リアナちゃん、レイ君! 今のうちに!」
大声で合図を送ると、リアナちゃんとレイ君が移動を開始した。
二人は素早く巨大蜘蛛の巣に近づき、セニアちゃんの救出を急ぐ。
反対側からアンリちゃんの声が響く。
「これ以上はもう!」
「うん、よくがんばったね! ココ、罠のタイミング任せたよ!」
「らじゃー!」
シャルちゃんに返事をして、精霊に声をかける。
「精霊のみんな……!」
アンリちゃんと巨大蜘蛛の間にシャルちゃんが立ち塞がり、今まさに蜘蛛の大きな爪がシャルちゃんに振り下ろされるところだった。
彼女はその攻撃を大きく跳んで避けて、側面から攻撃に転じる。
しかし巨大蜘蛛は素早い動きでシャルちゃんの攻撃を避けた。
急いでアンリちゃんに離脱するように呼びかける。
「アンリちゃん走って!」
「わ、わかってる!」
アンリちゃんが蜘蛛に背を向け走る。
蜘蛛の標的はまだアンリちゃんのようだ。
彼女を追いかけるように動き出す。
「……こっの! 次の相手はあたしだよ!」
何度も蜘蛛の足を切りつけると、身の危険を感じたのか蜘蛛はその場でぐるりと向きを変えて、シャルちゃんに標的を移したようだった。
「そうそう、それで良し……では、いただきます!」
本当に食べるつもりなのかは謎だけど、シャルちゃんが本格的に戦闘態勢に入った。
彼女は蜘蛛の攻撃を避けて、受け止めて、攻防を繰り返す。
罠の発動は……まだ!
視線を移すとリアナちゃんとレイ君が、セニアちゃんを抱えて蜘蛛の巣から離れるところだった。
もう少し、罠は確実にあの二人が逃げられる距離まで離れてからだ!
再び視線をシャルちゃんと巨大蜘蛛に戻す。
蜘蛛の鋭い攻撃をシャルちゃんは巧みに避ける。
それでも威力のある蜘蛛の攻撃は、段々とシャルちゃんを追い詰めていた。
アンリちゃんは安全な位置にいるけど、リアナちゃんたちはまだ離れ切っていなかった。
でもシャルちゃんが危ない!
罠を使うなら、今しかないはずだ!
「精霊たち……お願い!」
私の声に反応して、精霊たちの罠が発動した。
木の根っこやつる植物が巨大蜘蛛の足に絡まる。
蜘蛛の動きが止まったのを見て、シャルちゃんは走り出した。
その直後に落ち葉や土煙が、舞い上がって煙幕の役目をする。
蜘蛛の視界がどうなってるのかはわからないけど、きっと大丈夫だ!
よし、私も逃げなきゃ。
身を翻して蜘蛛から離れるように走りだす。
ちらちらと蜘蛛の位置を確認する。
すると巨大蜘蛛に動きがあった。
うわぁ足止めがもう破られた!
自由になった巨大蜘蛛は、大きく飛び跳ねて移動を開始する。
巣のほうへ跳んでいく巨大蜘蛛を見て、ほっと胸を撫でおろす。
どうやら巣へ帰ってくれるみたいだ、良かった。
そう思ったのも束の間だった。
巨大蜘蛛は体の向きを変えて、セニアちゃんを連れて逃げるリアナちゃんとレイ君を追いかけ始めた。
え、どうして!?
巣に帰ったんじゃ……くそー諦めの悪い蜘蛛だなー!
でも蜘蛛が走っていく場所は、精霊の罠がある付近だ。
「精霊たち、もう一度お願い!」
もうひとつの罠を発動させて蜘蛛の足を止める。
幸い二回目の罠にも引っ掛かってくれて、蜘蛛はその場でもがいていた。
その隙にリアナちゃんとレイ君が全力で逃げる。
だけど、さっきみたいにすぐに抜け出されたら、また二人が追われてしまう。
土埃の煙幕が上がった。
なんとか蜘蛛の意識を他の場所に移したい。
そうだ!
私は足を止めて、落ちている石ころを拾っていく。
後はこれを向こうに投げるだけ!
拾った石ころを巨大蜘蛛の後方、巣の方へ投げる。
これで蜘蛛が音のする方へ、つまり巣のほうへ向いてくれれば、その間にみんなが逃げる時間を稼げるぞ!
土煙が薄れて巨大蜘蛛の姿がゆっくりと現れる。
その体はちゃんと石が地面に落ちた音のするほうへ向いていた。
ただ、予定と違ったのは石が落ちた場所だった。
石は巨大蜘蛛の手前に落ちたのだ。
飛距離が足りなさ過ぎた!
巨大蜘蛛が私を標的にして素早く迫ってくる。
だから巨大蜘蛛に背を向けて、全力でダッシュした。
遠く右前方にシャルちゃんとアンリちゃんが。
左前方にはリアナちゃんと、セニアちゃんを背負ったレイ君が走っている。
とにかく最初の目的の、セニアちゃん救出は成功した。
後は蜘蛛が諦めてくれるまで逃げ切れば!
と思ったら、右足のつま先に小さな衝撃。
ぐらっと傾く視界。近づく地面。
「わっぷ!」
…………こけた。
「ココ!」
遠くからリアナちゃんとシャルちゃんの声。
は、早く起きて逃げなきゃ!
急いで立ち上がろうとした時には、もう遅かった。
背後からきちきちと音が聞こえる。
最小限の動きで後ろを覗き見ると、そこにはすでに巨大蜘蛛がいた。
「う、うわぁぁぁ!」
うわぁ、近くで見るとすっごい怖い!
いや、それどころじゃない!
どうしよう、どうすれば良い!?
考えようとするけど頭の中がぐちゃぐちゃになっていく!
巨大蜘蛛はすぐに私の頭を齧らずに、体を丸めて何かしている。
なになに、何をしようとしてるの!?
次の瞬間全ての謎が解けた。
巨大蜘蛛はおしりの先から私に向けて糸を噴出したのだ。
「わぁぁぁぁ!?」
すっごいねばねばするこれ!
って、あっという間に糸まみれになった!
そして、蜘蛛に咥えられて、そのままずるずると引きずられていく。
こ、怖い怖い怖い怖い!
どうなるの? このあと食べられるの私!?
そんなの嫌だぁぁぁぁぁぁ!
「た、助け……て……」
叫ぼうとしたけど、声が出なかった。
せっかくセニアちゃんを助けたのに、ここで私が叫ぶとまたみんなが来てしまう。それじゃあまたみんなが危険な目に遭ってしまう。
だからぐっと堪える。
諦めちゃダメだ!
なんとかなる、なんとかなる!
もしかするとみんなが街に戻って助けを呼んでくれたら、食べられる前に助けてもらえるかもしれない!
かも、しれない。
しれないけど……。
「うぐ……ひぐ……うぅぅぅ」
涙が溢れた。
怖くて怖くて、声を我慢しようとしても漏れてしまう。
ダメだとわかっているのに、どうしても口にしてしまった。
「怖いよ……嫌だぁ、助けて……」
「……ああ、まままま待っていろ。かか、必ず助けてててて、みせる!」
頭が真っ白になった。
届かないと思った私の声が届いたから。
姿は見えない。でもそこにいてくれるのがわかった。
「……リアナちゃぁぁん!」
次の瞬間、巨大蜘蛛がびくんと大きく震えて、口から糸でぐるぐる巻きにされた私を落とした。
巨大蜘蛛は前に大きく跳んで、くるりと体をこちらに向ける。
その正面には、全身をがたがた震わせながら、剣を突き出しているリアナちゃんの姿があった!
リアナちゃんは私と巨大蜘蛛の間に立って剣を構えなおす。
そして蜘蛛を見たまま私に話しかけてくれた。
「まま、待ってろココ。しゃ、シャルもすぐに、ききき来てくれるから!」
「うん……うんっ!」
「かかかか、かかってこい巨大蜘蛛! ほほ誇り高き騎士としててて、ココを絶対に守ってみせる!」
怖いはずなのに、今もまだぶるぶる震えているのに、リアナちゃんは私を守るために巨大蜘蛛と対峙している。
確かにリアナちゃんは怖がりかもしれない。
でも、今ここにいる彼女は本物の、彼女こそは本当の騎士だと思った。
蜘蛛がゆっくりと長い足を延ばして横に移動する。
そしてぴたっと止まると、猛スピードで迫ってきた。
接近してきた蜘蛛は、鋭い爪が付いた足でリアナちゃんを切り裂こうとする。
「ひ、ひひひひぃぃぃぃ!」
リアナちゃんは蜘蛛の爪を長い剣で弾き返した。
蜘蛛が一歩下がると彼女は一歩前に出ていく。
そうしてリアナちゃんは、私から巨大蜘蛛を離してくれた。
その後すぐに足音が聞こえてきて、私は抱きかかえられる。
「シャルちゃん!」
「ごめん、おまたせ。ケガはない?」
「うん! リアナちゃんが助けてくれたから大丈夫!」
シャルちゃんは微笑んで頷くと、リアナちゃんに向かって言った。
「リアナ、よく耐えてくれたね。すぐ加勢するよ!」
「だだだダメだ! シャルはココを、安全なところへ連れて行ってくれれ!」
そう言うとリアナちゃんはまた巨大蜘蛛と交戦を始めた。
「確かにここに置いてはおけないか。ちょっと引きずっちゃうけど、ココをレイ君たちのとこへ連れてくね」
「うん、でもリアナちゃん大丈夫かな……?」
「信じるしかないね。でも今もココにできることはあるよ」
できること。
なんだろう?
私を引きずるシャルちゃんに聞いてみる。
「がんばれって応援することができる。それだけで力が出るものだよ人って」
引きずられながら顔だけリアナちゃんの方へ向ける。
そして戦う後ろ姿に大声で叫んだ。
「がんばれリアナちゃん! 蜘蛛なんかに負けるなー!」
返事はない。
返事はなかったけど、きっと私の声は届いたはずだ。
視線を反対に移すとレイ君とアンリちゃんが待っていた。
セニアちゃんはまだ気を失ったままのようだ。
「ふたりとも、ココに巻き付いた蜘蛛の糸取ってあげて」
「あぁ、わかった」
「それは良いけどアンタは?」
「あたしはリアナの加勢に。なんとかあの蜘蛛が追ってこないようにしないと」
シャルちゃんは私を二人に預けると、リアナちゃんの元へ走っていった。
レイ君とアンリちゃんは、私に巻き付いている糸を毟り取っていく。
ねばねばしてるから取りにくそうだ。
黙って蜘蛛の糸を取っていた二人だったけど、レイ君が話しかけてきた。
「なぁ、お前とリアナとあのシャルってのは仲間なんだよな?」
「え、うん、そうだよ。まだ知り合ってからあんまり長くはないけど、大切な友達で大切な仲間だよ!」
「お前たちにとって、仲間って一体どんなものなんだ?」
どんなもの……うーん。
「お互いのためを思って助け合いができる、とか?」
そのままレイ君とアンリちゃんは、黙ったまま蜘蛛の糸を取り続けた。
やがて私の体から蜘蛛の糸がなくなり、体を起こせるようになった。
「レイ君、アンリちゃんありがとう!」
すぐに立ってリアナちゃんと、シャルちゃんの無事を確かめる。
巨大蜘蛛との勝負が決まったのはちょうどその時だった。
「うぉぉぉぉぁぁああああ!」
リアナちゃんが雄叫びを上げて剣を斬り上げた。
すると蜘蛛の体がぐらっと傾いた。
遠目にもわかる。立てなくなるように蜘蛛の足を斬ったんだ!
蜘蛛の動きが著しく遅くなり、体の向きを変えて逃げようとしている。
リアナちゃんとシャルちゃんは、深追いせずにこっちへ向かって走ってきた。
私は二人のところへ駆けだす。
そして肩を並べて戻ってきた二人に抱きついた。
「リアナちゃん! シャルちゃん!」
「ただいま、ふー……疲れたぁ」
「はぁ、はぁ……みんな、無事だな」
私は何度も頷く。
リアナちゃんは私の頭に手を置いて微笑む。
「はぁ……はぁ……ココの声が聞こえたから、勝てたぞ」
私の目にじわっと涙が浮かんでくる。
置いた手で頭をぽんぽんと叩くとリアナちゃんは前へ進む。
「よし……じゃあ、帰ろ……う」
突然リアナちゃんはがくりと膝をつきその場に倒れた。
彼女は真っ青な顔色で激しく息を切らせている。
「リアナちゃん!?」
「はぁっ……はぁっ……」
巨大蜘蛛の脅威は去ったけど、今日という一日はまだ終わってなかった。
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