第9話 夢と仕事と、その手の意味

「私のこと覚えてるかな?」


 女の子はコクコクと二回頷いた。

 おー、やっぱりあの時の子だ!

 私より年下っぽいのに、武器屋さんで働いてるなんて偉いなぁ。

 ちょっとした再会に喜んでいると、後ろからリアナちゃんが聞いてくる。


「知り合いか?」

「うん、前に買い物してる時にぶつかっちゃったんだ」


 私たちが見ると女の子はもう一度頷いた。


「武器屋さんでアルバイトしてたんだね」

「……実家、の手伝い」


 無口っぽい女の子はなんと、冒険者ご用達のお店の娘さんだった。

 でもそれなら冒険者のリアナちゃんと、シャルちゃんは知ってそうだけど。

 二人の様子を見る限り知らないみたいだ。


「二人はこの子と会ったことなかったの?」

「この店には何度も足を運んでるがいつもは、はつらつとした店主殿が店番をしているな」

「武器のメンテナンスに訪れる時は、リアナの言うおじさんだねー」


 普段はお店にいないらしいから、普段は手伝ってないのかな。

 私たちが話していると女の子は、シャルちゃんの武器を見ていた。

 珍しい武器だから気になるのかな。

 そう思ったけど女の子は意外な言葉を口にした。


「そのナイフとフォーク、メンテした覚えがある」

「え、シャルちゃんの武器を知ってるんだ?」


 女の子は頷く。

 普段はお客さんから、見えないところで手伝ってるみたい。

 シャルちゃんは武器を見てから女の子に話しかける。


「いつもこの武器をぴっかぴかにしてくれてるのって……」

「……わたし」

「どんな凄腕の職人がいるのかと、思ってたけどこいつは驚いたー。いつもありがとうだよ」


 お礼を聞くと女の子は親指を立ててぐっと手を突き出した。

 私も武器のメンテナンスはここでしてもらおうかな。

 そこまで考えてまだメイスを、購入してないのを思い出した。


「あ、そうだった。これくださーい」

「……あ」


 カウンターに置いたメイスを見て、女の子の表情が一瞬明るくなった気がした。

 でもその後女の子は無表情で、メイスについてぼそりと呟く。


「これは、、あんまり、良い出来じゃない」

「そうなの?」

「……作ったわたしが言うから、間違いない」


 なんとこのメイスを作ったのはこの子らしい。

 武器を作れるってすごいことじゃないのかな。

 感心しているのは私だけじゃなく、リアナちゃんとシャルちゃんもだった。

 彼女は出来が悪いと言っているけど、素直な気持ちを伝える。


「私はこのメイス気に入ったけどなぁ」

「……!」

「このメイスが持ってみて一番しっくりきたし、今更変える気もないよ」


 女の子はメイスと私に、何度も視線を巡らせて力強く頷いた。


「……ちょっと、待ってて」


 そう言って女の子はカウンターの下から、ハンマーなどの道具を持ち出してメイスを眺め始めた。

 それからメイスをハンマーで、コンコンっと叩いたり布で拭いたりし始める。

 ブロンドの髪のショートポニーテールを、ぴょこぴょこさせながら女の子は、念入りにメイスのメンテナンスを続けた。


「持ってみて」


 言われるままにメイスを持ち上げる。

 あれ、なんだかさっきより持ちやすくなってる気がする。

 それにピッカピカだ!


 続いてメイスを収納するベルトを手に私の前にやってきた。

 私の体とベルトとメイスを調べた後に作業に取り掛かる。

 真剣な表情で私の腰にベルトを巻いて調整を繰り返す。

 そして最後に私の顔を見て大きく頷いた。


「歩いたり持ってみたりしてみて」


 ベルトにメイスを収納したまま店内を歩いてみる。

 おぉ、すごい!

 歩いてもまったく邪魔にならない!


 次はベルトからメイスを抜き取る。

 初めての動作なのに詰まることなく、スムーズにメイスを構えられた。

 もう一度収納する。やはりこの時も驚くほど自然に片付けられた。

 なにこれすごい!

 まるでこのメイスが私の体の、一部になったみたいな気分になる!


「おぉー!」


 思わず声を上げてしまう。

 女の子は私の反応を見て、また親指を立てた小さな手をぐっと突き出した。


 その後メイスの代金を払ったのだけど、彼女は質が悪いからと言って、他の武器に比べて安い価格で販売してくれた。

 おかげで冒険者になってから稼いだお金が少し残った。


 お互いにお礼を言いあって、私の初めての武器購入は終了した。

 今日この武器屋さんに来れて良かった。

 この武器は大切に使おう。

 

 買い物が終わりこれからの予定を話し合おうとした時、店の奥から元気なおじさんが現れた。


「アキュー、ちゃんと店番してたか?」

「……してるよ。お父さんみたいに、サボってお酒飲んだりしない」

「ばっか野郎。あれはサボってたんじゃねぇ、エネルギーの補給をしてたんだよ」


 親子の仲良さそうな会話が聞こえる。

 あのおじさんが店主さんかぁ。

 なかなかに楽しそうなお父さんだ。

 それに今の二人の会話で女の子の名前もわかった。

 彼女はアキューちゃんと言うらしい。

 おじさんは私たちの気づくと、頭をかいて恥ずかしそうに笑う。


「おっと、お客さんに聞かれちまった。アキュー、余計なこと言うな」

「事実だし」


 そのやり取りを見て私たちみんなが笑った。

 アキューちゃんは無表情のままだったけど。


「後ろのお二人さんはちょくちょく店に来てくれる子たちだな」

「店主殿、いつもお世話になっている」

「やっほーおじさん」


 二人に声をかけた後、おじさんは私の顔を見た。

 これからお世話になるから、ぺこりと頭を下げる。


「そっちのお嬢ちゃんは新顔だな。良い武器は見つかったかい?」

「はい、その子が、アキューちゃんが作ったという、メイスを買いました!」

「おうおう、ヒヨッ子が作ったもん選ぶなんて、お嬢ちゃん目がないな」


 おじさんはガハハと大きな声で笑う。

 そんなおじさんを、アキューちゃんはじとーっと睨んでいた。

 彼女の代わりにおじさんに、仕事っぷりとメイスの調子を説明する。


「そんなことないですよ。調整してもらったら最初に持った時より持ちやすくなったし、今もこうしてベルトに固定しるけど動きやすいです」

「ほう、んじゃちったぁできるようになったってことか」


 がしがしとアキューちゃんの頭を撫でる。

 そんなおじさんの手を彼女は邪魔そうに払っていた。


「お嬢ちゃんたちは冒険者だろ?」

「はい、私はまだ冒険者になって日が浅いですが」

「自分でしっかり地に足付けて歩いてる。それだけで立派なもんだ。それに比べてこのバカ娘ときたら、商品を勝手に持ち出して遊んだり、勝手に売れねぇもん作ったり。もう少ししっかりしてほしいんだがな」


 アキューちゃんはぷいっとそっぽを向く。

 武器が作れたりちゃんと、メンテナンスできてすごいのになぁ。

 おじさんは娘には厳しい性格みたいだ。

 彼女は視線を外に向けたまま呟いた。


「いつか、わたしだって、最強の……」

「まぁたそれか! 最強の武器なんてぇのは簡単には作れねぇんだ。いつまでも夢見てないでちったぁ……」

「最強の武器?」


 私が問いかけるとアキューちゃんはこっちを見て頷いた。

 それを作るのがこの子の夢なのかぁ。

 作れる作れないは別にして、目標があるのは良いと思う。


「例えばどんな武器が最強なの?」

「……古の勇者や英雄たちが、魔王を倒した武器とか」

「おぉ、それは確かにすごそうな武器だ!」

「うん」


 おじさんは反対しているけど、私は応援したくなるなぁ。

 そう思ったのは私だけではなかった。

 リアナちゃんとシャルちゃんも同じ想いのようだ。


「おじさん、若者の夢をむやみやたらに、踏みにじっちゃダメだよ」

「こいつの言う通りだ。私たちが夢を語ったとして、店主殿はそれを否定したりはしないだろう? それならば娘さんも、同様に扱わなくては筋が通らない」

「あいたー、お嬢ちゃんらにそう言われると、返す言葉が出てこねぇ」


 おじさんは参ったねと言って、またガハハと笑った。

 そして愛娘のアキューちゃんを見て、少しずつ言葉にしていく。


「しかしなぁ……こいつの夢は、なんだ、その、バカげてる。そりゃ鍛冶職人なら誰だって一度は、自分の手ですげぇ物を作りてぇって思う。だがなぁ、伝説に残るような最強の武器、なんてのは現実味がなさすぎてな」


 私には鍛冶のことはさっぱりだ。

 でも、でも何かが引っ掛かっている。

 なんだろう、伝説に残るような最強の武器……。

 伝説、最強、古の、勇者、英雄、魔王。

 あ!


「あの、伝説に残ってる最強の武器って、誰が作ったの、かな?」


 みんなの視線が私に集まる。

 変な質問だったかな。でも何か引っかかる。

 言葉にすれば何かヒントが得られるかもしれない。

 だからこのまま続けろ!


「実際に過去の英雄たちが使ってた武器があるなら、当然作った人がいるはずだよね? だったらその作った人たちなら作り方がわかるんじゃ……」

「お嬢ちゃん、それこそ遥か昔に存在した者たちだ。現代にはもういない」

「うーん……あ、でも、その人たちの子孫がいるかも!」


 おじさんは顎に手を当てて考え込んでいる。

 私の中では問題が解決していってるように思えるけど。

 まだ何か別の問題があるのかな。


「子孫を残してねぇわけはねぇし、お嬢ちゃんの言う通りだろう。でもこの街の近くにはそんな奴らぁいないんだぜ?」

「……だったら、探せばいい」


 ずっと黙っていたアキューちゃんが口を開いた。

 私も同じ考えだ。

 近くにいないなら遠くへ探しに行けば良い。

 伝説に残ってる最強の武器を、作った人たちの子孫に会いに行けば!

 アキューちゃんはおじさんに、向き直りはっきりと言葉にした。


「お父さん、わたし旅に出る」

「なっ、ばっか野郎、お前みたいなヒヨッ子が一人で旅なんて、できるわけないだろうが。すぐに諦めて帰ってくるのがオチだ」

「……だったら冒険者を雇っていく」

「お前みたいな不愛想なちんちくりんと、旅する冒険者なんていねぇよ」


 私はリアナちゃんとシャルちゃんに視線を送った。

 二人はすぐに私が言いたいことを察してくれる。

 そして可笑しそうに笑って頷いた。

 後もう一息だ。

 私たちは頷きあって同時に言い切った。


「ここにいます!」


 アキューちゃんとおじさんが驚きの表情を見せる。

 彼女は私たちの言葉の意味を、理解するのに少し時間がかかった。

 でも次第に彼女の瞳が輝き始める。


「お嬢ちゃんたちが、このバカと旅をしてくれるってのか?」

「はい!」

「しかしなぁ、こいつはお嬢ちゃんたちとは違って、夢見てるだけのバカだからなぁ」

「でも冒険者と一緒に旅をして冒険をするってことは、自分でしっかり地に足付けて歩くことになります。それだけでも立派なんですよね?」


 おじさんが言葉を失う。

 更にリアナちゃんとシャルちゃんが追撃する。


「店主殿、もう娘さんの夢を否定しないのではなかったか」

「心配なのはわかるけど、可愛い子には旅をさせろってねー」


 おじさんは真剣な表情の私たちを見て大きく息を吐いた。

 そして……。


「くくく……ガハハハ、こいつぁ参った。俺の完敗だ。わかったよ、このバカ娘をお嬢ちゃんたちに任せようじゃねぇか」


 おじさんの言葉を聞いてアキューちゃんがこっちを見る。

 私たちは親指を立てた手をぐっと突き出した。


「ただし、ただしだ。すぐに旅に出させるってわけにはいかねぇ。始めに言った通りこいつはまだまだヒヨッ子だ。だから、こいつがお前さんたちの足を引っ張るだけの、バカにならねぇように鍛え上げる。それまで少しだけ待ってくれ」


 おじさんがそう言うとシャルちゃんが返事をした。


「こっちもまだまだヒヨッ子が二人もいるからなー。少しでも安全に旅ができるように、もう少し強くなってもらわないとねー」

「ぐっ……何も言えんっ」

「が、がんばるよ!」


 こうして私たちは、未来の冒険の旅を共にする新たな仲間を得た。

 お互いにまだもう少し修行が必要だけど、終わったらきっと一緒に楽しい冒険ができるに違いない。

 その時を早く迎えるために、がんばれ私たち! それいけ私たち!

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