Lilly6. 二人の和解
その日の夜も私はエルフィナさんに抱かれながら眠ることになった。でも、なぜか今日はアーシャ姉も一緒になって私と寝ると言いだしたのだ。
「たまにはこういうのもいいでしょう」
「アーシャ姉がそう言うなら……」
ということで私はアーシャ姉とエルフィナさんに挟まれる形で眠ることになった。……正直落ち着かない。どっちを向いても誰かの顔と目が合うというのはかなり異質なことだと思う。それに、心なしか二人の距離感が普段よりも近めなのも相まって心臓の鼓動が高鳴るのが身をもって分かる。
……こういう時の沈黙ほど痛いものはない。何かの話を振ろうにも、二人が共通して話せる話なんてあるのかな? 今朝ほど仲が悪いようには思えないけれど、それでもこの二人にはどこか溝みたいなものがあるような気がする。
「あ、アーシャ姉、エルフィナさん」
「何ですか?」
「ふえっ!? ……どうされましたか?」
「アーシャ姉とエルフィナさんって仲が悪いんですか?」
こういうものは直球で聞いてしまうのがいいと思う。この後私たちはリリエまでの旅路を終えた後に、プトレへ戻るための術を探すことになる。そうなれば、私たちはきっと途方もなく長い間一緒に過ごすことになるのだ。それを、なんともギクシャクした関係でというのはどうかと思う。
「仲が悪いわけではないですよ」
「そ、そうです!」
「……でも昼間はちょっと仲が悪かった」
その言葉に二人は押し黙ってしまう。しばらく二人の息づかいだけが聞こえてくるが、それを打ち破ったのは意外にもエルフィナさんからだった。
「その……私がアルセーナちゃんと一緒にいたのが気に食わなかったのではないですか……? ほら、私はまだ一緒に行動し始めてからの歴が浅いですから……」
「……そうではありませんよ、エルフィナさん」
おどおどし始めたエルフィナさんをアーシャ姉が宥める。その宥め方は私に接してくれる時のそれに似ていて。それがエルフィナさんに向けられていると脳内で自覚していても私はその優しさに溺れてしまいそうになる。
「私とアルセーナは文字通り生まれたときから一緒でした。私もアルセーナと同じく身寄りのない子供……いわゆる孤児と呼ばれる存在ですね。ですからアルセーナのことは実の妹のように可愛がっていました。ほら、髪の色とか似ているでしょう?」
「……確かにそうですね。私も似たような色をしているような気がしますが……」
その言葉に反応するようにアーシャ姉が矢継ぎ早に続けた。
「ええ。エルフィナさんも雰囲気だけで言えば私たちに似ているものがあります。ですからエルフィナさんと接しているアルセーナを見ていると心の中に寂しいものがあったんです」
「アーシャさん……」
「おかしいですね。私がもっと交友を広げるべきだとアルセーナに進言したというのに。そんな感情を抱くなんて……まだ信仰が浅いです」
信仰が……浅い? アーシャ姉が? それは絶対ありえない。ずっと一緒にいた私が保証する。だってアーシャ姉ほど熱心に神様を信じている人はいないから。
どこへ行っても修道服を欠かさず身につけ、毎食の神様への感謝もしっかりとやるアーシャ姉が? そんなわけないと言いたくなる。だが、なぜかそれを言ってはいけないような……そんな第六感が働いた。少しだけアーシャ姉に抱きつく。アーシャ姉はそんな私の感情を見抜いてか、私の頭をいつものようにポンポンと撫でてくれた。
「……私は、おかしくないと思います」
「……そうでしょうか?」
「はい。その……好きな人が他の人と一緒にいるのを見るのって……何度経験しても苦しいものがありますから。私も同じような経験をしたことが、あるので……」
エルフィナさんは私たち以上にこの世界を踏みしめて生きている。だから出会いも別れも、人並み以上に経験しているはずだ。そんなエルフィナさんが言うからこそ、アーシャ姉もその言葉に反論することは無かったと思う。
「……それに私、このパーティ結構好きなんですよ? 可愛らしいアルセーナちゃんに、頼りがいのあるアーシャさん。普段は俯瞰的でもここぞという時には決めてくれるグリャラシカさん。これから仲間が増えていくかもしれませんけど……私はパーティの皆さんが大好きですから」
「……家族」
ふと私の頭に浮かんだ単語を呟く。それはまるで家族のようだと。私にはずっと縁のない言葉だと思っていたが、家族ってこういう風に暖かいものだと聞いたことがある。ときどき喧嘩してしまうことがあっても、最終的にはまとまって、寄り添ってみんなが前を向くことができる。
「家族、ですか。でしたら私はお母さんですね」
「……エルフィナさんがお母さんというのは想像ができない」
「年の功です。アーシャさんはアルセーナちゃんのお姉さんでグリャラシカさんはお父さんでしょうか?」
「ふふっ、いいかも」
私とエルフィナさんの意見が同調するが、アーシャ姉はなぜ同調しているのかというのがよく分からないという表情でこちらを見ている。
「このパーティは私にとって家族みたいなものなんだ。だからみんなのことを大切にしたいし、みんなを守りたい」
「……分かりました。それがアルセーナの願いなのですね」
アーシャ姉とエルフィナさんの距離がより近付いた気がする。さっきまで感じていた二人のピリピリ感はとっくに消え失せ、どことなく柔和な空気が流れているように感じられた。そんな空気の中で私は微睡みの中へと落ちていく。きっと二人が私を優しく見てくれている。だから私はまだ前を向けるんだ。
その日の夜の夢は不思議な夢だった。どこかの草原に私がただ佇むだけの夢。足元の原っぱには何かの花の新芽がそこら中に植えられていて、まともに動くことすらままならない。それでも私はその夢を不快であるとは思えなかった。次にここに訪れるときはきっと満開の花を咲かせてくれるだろうと、そんな儚い期待を胸に植え付けながら……。
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