Lilly3. 飴と鞭
「脇が甘いですよ! ちゃんとぎゅってして!」
「わ、分かってます!」
夜ご飯を食べてからもエルフィナさんの特訓が続く。まずは基本的な構えを身体に身につけるために何度も木に向かって撃ち込む練習をしていた。エルフィナさん、優しそうな顔をしているけどこの練習に関しては別。そこらの魔物など脅威ではないと言わんばかりに私をビシバシ鍛えてくれている。
でもその効果は覿面だった。腕こそ疲れてきてはいるが、しっかりとした構えができた状態での射撃は、ブレを抑えることができる。手のひらから伝わる反動にも負けないような構えになってきていて、私みたいな筋力のないか細い女の子でもまともに扱えるようになってきた。
「良くなってきましたね。でも……」
ある程度射撃を見ていたエルフィナさんが私の背後に回って私の手をそっと握った。思ったよりも密着してくるので、正直ちょっとドキドキする。
「こっ、ここはこうやって構えたほうがもっといいと思いますよ……? 一回力を抜いて私に身を任せてください」
「う、うん……」
エルフィナさんの息づかいが間近で聞こえてくる。私はただ銃の撃ち方を教えてもらっているはずだというのに、なぜこんなにもドキドキしているの? それでも何とかエルフィナさんの教えを受け取ろうと頑張って頭と身体をフル回転させるが、それでも私が挙動不審であることはエルフィナさんも理解していたようで。
「……? アルセーナちゃん?」
「あっうん、その……ちょっともう疲れちゃって」
「そうですね。移動もありましたから今日はこのくらいにしましょうか」
エルフィナさんが私の身体からゆっくりと離れていく。ふと見たエルフィナさんの顔もまた、私と似たような感じで赤く見えたような気がする。そもそもここも暗くなっているから私の見間違いなのかもしれないけれど。
「あっ、あのアーシャさん。今日はアルセーナさんをお借りしてもいいですか?」
「構わないですよ、というかアルセーナは今のところ私のものではないですが」
私たちの練習光景を見ていたアーシャ姉が不審そうな顔でエルフィナさんを見ていた。ミオさんは手持ちの装備の点検があるということで既に専用のテントにこもっている。
「ありがとうございます。そのっ、アルセーナちゃん。今日は私と一緒に寝ましょうね」
「えっ」
「い、いけませんか……?」
「ダメとは言いませんけどなんというか意外です」
エルフィナさんは基本的に傍観者というポジションを貫いているものだと私は思っていた。私がアーシャ姉やミオさんと話しているときは必ず一歩下がったところから私を見ている。なんというか、自分が輪の中に入ろうという気持ちがどうにもないような、そんな雰囲気がしていたのだ。
「アルセーナ、エルフィナさんと交友を深めるというのもいいと思いますよ」
「アーシャ姉がそういうなら……」
こうして私はエルフィナさんに押される形でテントの中へと入る。私はとても疲れていたので、入るや否やその場で横になる。すると、エルフィナさんが背後から私を抱きしめながら私の頭を撫で始めたのだ。突然のことに私の脳が一瞬理解することを拒むが、その行為はどうやら私のためを思ってらしいと考えると、自然と身体から力が抜けていくような気がした。
「……エルフィナさん?」
「その……今日は少し厳しくしてしまったので。ちゃんと優しくしておかないと、って」
「うーん……エルフィナさんいつも優しいからそんなに気にしてないんだけどな」
「でもっ、ちょっと厳しいこと言っちゃったかな……と」
エルフィナさんは考えすぎる節がある。初心者に対して武器の扱い方を教えるのだから、あれくらいの厳しさでちょうどいいと思う。おそらく私が勇者さまに剣の使い方を教えてほしいと頼んだらきっと勇者さまも同じように私に教えるだろう。
「だから、私の師匠様がしていたようにこうしてぎゅっとしているのです」
「エルフィナさんのお師匠様?」
「はい。私に銃を教えてくださり、イルヴェーナまで導いてくださった方です」
そういえばなんでエルフィナさんがイルヴェーナにいたのかはまだ聞いていなかった。エルフの生息域はもっと南。リリシアナよりもずっと南から北上するというのは生半可なものではないだろう。
「もうお師匠様と別れてから五十年ほど経ちます。それでもお師匠様の教えは私の中で生きているんです」
「別れた……ってひょっとして」
「はい。お師匠様はもう既に亡くなっています。エルフは長寿ですから、このような別れも慣れたものですよ」
「……その、エルフィナさんは今何歳なんですか?」
「かれこれ二百年は生きてきたと思いますよ」
ええっと私は声に出して驚いた。私たちとの寿命のスケール感が全く違うじゃん!
アーシャ姉曰く、エルフによっては千年単位で生きるような者も存在するという。平均寿命でも六百年ほどであり、エルフィナさんはまだ若い方だろう。
「なんというか……アルセーナちゃんは昔の私にすごく似ているんです」
「似ていますか?」
「ええ、私も村を追われた身ですから」
エルフィナさんの口から語られたその経緯は、想像を絶するものだった。
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