Chapter3. Sprout Strong Will
Lilly1. いざ遙かなるリリシアナ
「アルセーナ……お願い」
「分かった。アーシャ姉がしたいようにしていいよ」
まもなく夜が明けようという頃、元の姿に戻ったアーシャ姉が私にキスをねだる。それは私たちをリリシアナへ導くための道筋を作った代償。アーシャ姉の感情の昂ぶりを治すことができるのは私とのキスだけだ。
ミオさんもエルフィナさんも別のテントで既に仮眠をとっている。アーシャ姉の欲望を邪魔するものはどこにも存在しない。それでもアーシャ姉は私をそっと抱きかかえると、小鳥のさえずりのような口づけをしてくれた。アーシャ姉が本当にしたいキスはそんな優しいものじゃないと思う。
イルヴェーナへ入ろうというときに怖いアーシャ姉が見せた貪るような口づけ。恋人同士の交わりというよりはもはやエナジードレインに近いような、相手の全てを支配するための艶めかしい行為。アーシャ姉の目は熱に浮かされたようにとろんとこちらを見つめていて、本当はそんな行為がしたのだと直感的に理解した。
「アーシャ姉、本当はもっとしたいことあるよね?」
「……それはダメ。私とアルセーナはそういう関係じゃないわ」
「私がしたいって言っても……ダメ?」
「アルセーナにはまだ早いわ。もう私も落ち着いたから。今は仮眠をとりましょう」
それはアーシャ姉の優しさだと私も分かっている。きっとアーシャ姉は私との関係が下手に発展してしまうことを避けているのだと思う。そうすることが私たちにとっての幸せであるから。その先に踏み出すことがなければ、私たちはそのままでいられる。それは私だって理解できていることだ。
それでも私の中に巡るこのわだかまりは一体何だろう。私はどこかでアーシャ姉と恋人になりたいと思っているのだろうか? それとも全く別のこと? そんな感情の諮詢を繰り返しながら、アーシャ姉に抱きしめられるように眠りへと落ちた。
朝になると、既に私以外の三人が朝食の準備をしていた。
「あっ、アルセーナちゃんが起きましたっ」
「おはようアルセーナ」
「おはようエルフィナさん、アーシャ姉。ミオさんはどちらに?」
「ひぃ~、とりあえずこれで応急的な修復はできたよ……ってアルセーナさんおはよう。ぐっすり寝てたね?」
エルフィナさんとアーシャ姉がご飯の準備を、ミオさんはエルフィナさんの銃の修復を行っていた。昨日の戦闘の時にかなり強烈な弾幕を張っていたことは覚えている。それでどこか悪いところがないかチェックをしていたというところか。
私たちは朝食をとりながらこれからの旅のプランニングを行う。アーシャ姉が持ち込んだ魔法の本を広げると、そこには現在地と目的地が示された地図が記されていた。
「目的地はリリシアナ王国の首都であるリリエなのですが、そこまでの道のりはかなり長いものになるでしょう。ここから補給なしで進むには少々道のりが遠すぎます」
「歩いて行くのはちょっと辛いです。わっ、私もイルヴェーナに来るときは馬車を使ったので……」
エルフィナさんもそう補足する。エルフィナさんの出身地はリリシアナよりもさらに南にあるらしく、イルヴェーナまでの道のりは部分的に知っているようだ。そのため、ここから直接リリエまで歩いて行くというのは問題があるという。
「あとは私たちが不法入国をしていることも問題です。元より冒険者であったエルフィナさんやイルヴェーナ出身のミオさんはともかく、私たちはプトレからの亡命者であることを念頭に置かなければいけません」
「となると、亡命者としてリリシアナへの保護を要請するのね。でもそんな上手くいくかな?」
「ミオさんの心配はごもっともですね。ですから身分を偽装します」
さらっとアーシャ姉がとんでもないことを言い放つ。身分の偽装なんてそう簡単にできるもんじゃないだろうと突っ込みたくなるが、アーシャ姉はやけに自信満々である。
「エルフィナさん、冒険者の登録に関しては国ごとに違いはありますか?」
「特にありませんね。まっ、魔物の脅威はどの国も同じですから……魔物退治の外注を行う私たちへの手続きは万国共通のはず、です……」
「そこに詳しい身分調査は?」
「なかったかと……」
確か勇者さまも冒険者登録を行っていたはずだ。表向きは冒険者として振る舞うが、裏ではプトレ皇国の皇帝陛下から任命された勇者として魔族の討伐を行う。そんな感じだったはず。私は実力不足ってことで登録はさせてもらえなかったんだけど……。
「冒険者の登録証があれば国家間の動きは多少は緩和されるわ。それでもプトレに入れば一発でアウトでしょうけどね。だからまずは……」
記されたページにひとつの点が浮かぶ。現在地と思しき点に比較的近く、徒歩でも二日あれば辿り着けそうな場所だ。
「まずはこの街、プロリリに向かいましょう。プロリリには冒険者ギルドもありますし、イルヴェーナに近いこともあって比較的街が発展しています。そこで私たちの身分を確固たるものにしてからリリエに向かうのが盤石かと」
「いいんじゃない? 私はそういうとこよくわかんないからアーシャさん達に任せるわ」
ミオさんは無条件の肯定を示している。私もそのルートに特に異論はないが、エルフィナさんだけがどうにもしっくり来ないといった表情を見せていた。
「エルフィナさん、どうしたの?」
「いえ。一旦プロリリに向かうというのは賛成なんです。でも、その……冒険者になるというのは少し考えた方がいいかと」
「何か理由があるのかしら?」
アーシャ姉が少し強い口調でエルフィナさんに問いただす。エルフィナさんがビビっておどおどした口調になってしまう。それでもエルフィナさんは勇気を振り絞って私たちに考えを示してくれた。
「そのっ、冒険者になるにはある程度の戦闘技能も見られます。ミオさんやアーシャさんはいいのですが……今のアルセーナちゃんだと冒険者にはなれないのでは……?」
えっ、なにそれ初耳なんだけど。つまり私もある程度戦えないと冒険者になれないということだ。それはちょっと無理があるよ……!?
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