Lilly12. イルヴェーナ事変(4)脱出

 その夜、エルフィナさんも無事に戻ってきて私たちは成功を確認した。エルフィナさんは最終的に捕まってしまったものの、持っていたものがハリボテなうえに、その中身を理解していなかったということが判明したので無罪放免になっている。


「ええっ、軍事部のトップが銃撃って、大丈夫だったんですか?」

「うん、なんとかね。アーシャ姉がいなかったら危なかったと思う」


 エルフィナさんに事の始終を伝えると、エルフィナさんは驚いたように私たちを見ている。どうやらその騒ぎのときはまだ取り調べを受けていたようで、何が起きていたかを全く理解していなかったようだ。


「それで、犯人は捕まったんですか?」

「それが全く。銃弾も見つからないからって大変なことになっています」


 そんな話をしていると、店の扉をドンドンと叩く音がする。もう夜中でとっくの昔に店じまいしているし、イルヴェーナの軍事部からの取り調べも既に受けていて、私たちが銃撃を行うことができないことは証明済みである。


「はいはい、今開けるからちょっと待っててくださいね~」

「……、待って!」


 二階から外の様子を眺めていたアーシャ姉がミオさんを制止する。


「あれは……プトレの兵士よ!」

「えっ、プトレの……ってヤバ!」

「どうした! 早く開けろ!」


 外から男の怒鳴り声が聞こえてくる。だがその相手がプトレ兵であるという事実は私たちにとって最悪の状態だ。


「ミオさん、エルフィナさん、私たちはもうここには居られないわ」

「分かってる。いつかこんな日が来るだろうなってね。だから私はもうとっくに準備済みよ!」


 ミオさんが大きな背負うタイプのカバンを持っている。その中には様々な旅道具があり、もう外に出る気満々といった感じである。そしてそのカバンの外装に私は見覚えがある。これどう見ても『グリャラシカ・ストライク』だよね!?


「『グリャラシカ・ストライク』の中身がごっそり無くなっちゃったからね。カバンに改造してやったのさ!」

「エルフィナさんは大丈夫?」

「はっ、はい! 皆さんがリリシアナに行くのであれば私もお供します!」

「うん、エルフィナさんがいれば安全に行けるね!」


 私がそう言うと、エルフィナさんの顔がちょっと赤くなったような気がする。頼られるのに慣れていないのかな? むしろ私たちがいろいろ頼りっぱなしで申し訳ないとすら思うのだが。


「……よし、開けるよ」


 何かあったときに一目散に逃げ出せる準備を整え、ミオさんが扉をちょっとだけ開ける。


「なんですかこんな夜中に」

「ここにアルセーナという女がいるな?」

「誰ですかそれ」


 やっぱり私の身元がバレてる! というかプトレの力ってここまで及んでくるの!? 確かにプトレ皇国は軍事力が強い国だなぁとは思っていたけど他国にまで影響を及ぼせるというのは相当大きな力じゃない? ミオさんがシラを切るが、プトレ兵がそれに臆することはない。


「なら中に入って調べても問題ないな?」

「お好きにどうぞ?」


 店の扉が全開になると、プトレ兵が三人ほど中に入ってくる。中は真っ暗、あの時と同じシチュエーションだ。カバンから取り出したスタンボールをプトレ兵に向けて投げつけると、


「がぁっ!」

「クソッ! やっぱりここにいるぞ!」

「イルヴェーナの全兵士に伝えろ! 反逆者アルセーナを発見した! 仲間もいる!」


 このままだと仲間を呼ばれて挟み撃ちにされてしまうかもしれない。私たちは一目散に駆け出して長く親しんだお店を後にする。もうここに戻ってこられないかもしれないからお別れはしっかりとしたかったけどそれはもう仕方がない。今はリリシアナ領内へ逃げることだけを考えないといけない!


「ここをまっすぐ行けばリリシアナへ入れる!」

「でっ、でも今の時間って関所はしし、閉まってるはずでは!?」

「……エルフィナさん、少し時間を稼げる?」

「や、やれるだけ」

「私も加勢するよエルフィナさん!」

 

 エルフィナさんが銃を取り出し、ミオさんは『グリャラシカ・シューター』を取り出した。こんな街中でそれを撃ったら大変なことになりかねないが、今はそんな状況ではない。


 エルフィナさんが取り出した銃は、弾がいっぱい出るタイプのもので、その弾幕に押されてプトレ兵は怯んで動くことができない。


「いっ、今ですミオさん!」

「一発喰らっときな!」


 砲口から放たれる青白い魔力球。その大きさはパン屋さんのジャムパンぐらいの大きさだが、その中には大量の魔力が凝縮されている。それが着弾すれば、当然魔力の爆発を引き起こし、兵士が縦横無尽にぶっ飛んでいく。


「主よ、我が行い、我が咎に赦しを。そして我が仲間たちに神の加護を……!『人が神を捨て魔が主を捨てるとき、世界は終演へと至る。我はそれを逆行するもの、終演の幕を裂く一筋の剣なり……!』」


 それはあの時の力。右腕に宿るは漆黒の剣。左手がかざした先からは不気味な紋章が体中を駆け巡り、アーシャ姉の身体を異形のそれへと変貌させていく。そして遂には、着ている服すらもどんどんと変貌していくではないか。


 さっきまで包んでいた清貧の象徴ともいえる修道服は、ぴっちりとした真っ黒いそれに変わっていく。清純という言葉と全く真逆とも言ってもいいその格好は、女性らしいプロポーションを全体に見せつける、有り体に言えばいやらしいものだ。そして背中に従えた純黒の翼がその意味をよりハッキリとしたものへ変えていく。


「う、嘘だろ……!?」

「あ、悪魔だ!」

「いやアレは悪魔なんてもんじゃない……淫魔!」

「淫魔って魔王の側近にしかいないはずじゃ」


 プトレ兵が口々に私のアーシャ姉にそんな言葉を投げかける。悪魔? 淫魔? 魔王の側近? アーシャ姉が? バカな冗談はやめてほしい。だってアーシャ姉はずっと私たちの村のシスターだった。神様を深く信仰して、教義に背かないような生活を送っていたはずだった。それが、悪魔? 魔王? 

 

「フェーズ2、唾棄」


 私の気持ちなど露知らずアーシャ姉はそう言い捨てると、私たち三人を引き連れてものすごいスピードでリリシアナ側の関所へ辿り着く。だがその扉は固く閉ざされている。私たちを一旦地面に置いてアーシャ姉が剣を振るう。しかし扉はびくともしない。


 そうこうしているうちにもプトレ兵の加勢がどんどんとやって来る。エルフィナさんとミオさんが対応しているが、それも限度があるだろう。


「はぁ……アレ、やるしかないわね」

「アーシャ姉、何するのってうわっ!」

「きゃっ!」

「ひっ、ひぃっ!」

「楽しい楽しい夜のお散歩の時間……なんてね!」


 怖いアーシャ姉がいつもと違う口調でそう言うと、私たち三人の身体を抱えたまま地面を思いっきり蹴り上げる。身体が中空を舞い、まるで柵を越える羊のように遮る巨大な壁を乗り越えていく。


「ここが、リリシアナ……」

「こんな形で来るとは思わなかったけどね」

「お星様が……あんな近くに、ひいいっ」


 三者三様の感想を抱きながら夜空を闊歩する私たち。高い高い空の上から見えるリリシアナの景色はとても綺麗だった。険しい山がそびえているが、その道中はしっかりと整備されており、歩いて行くのに難儀はしないだろう。こんな越え方をして大丈夫なのかと思いつつも、私たちの冒険は新しいフェーズへと移行していった。

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