Lilly11. イルヴェーナ事変(3)雪融

 魔力が凝縮される音が店中に響き渡る。砲口からはどんどんと巨大化していく魔力球が顔を覗かせていて、その殺意は時間が経つごとに倍々に増えていく。


「ミオさん! 撃っちゃダメです!」

「うるさい! こいつは生かしちゃいけない人間だ、こんな人間が巣くう街なんてなくなっちゃえばいい!」


 もうミオさんは人の話を聞ける状況にない。このままではあの魔力球をミオのお父さんにぶつけて殺してしまいかねない、というか絶対にする。


「……ミオさん。その引き金を引いた先に自分がどのような未来が待ち構えていたとしても。貴女は自らの罪と向き合えますか?」

「……当たり前だよ。どんなうわべだけの口上を並べたって人殺しに変わりはない。『グリャラシカ・ストライク』を作ったときからその覚悟はできてるんだよ!」

「その一射が戦争の引き金となっても、ですか?」


 ミオさんの怒りの表情に驚愕という言葉が浮かぶ。ミオのお父さんにも同じような表情が浮かんでいた。


「軍事部の長を失えばイルヴェーナの軍隊はほぼ瓦解したと言ってもいいでしょう。そんな状況をプトレ皇国がチャンスと思わないわけがないでしょう」

「……だから何? この街がプトレに蹂躙されたって関係ない」

「……それをアルセーナの前で本心からそう言えますか?」

「アルセーナ、さん?」


 ミオさんが私の顔をじっと見ている。私はプトレ皇国から反逆者という冤罪をなすりつけられ、生まれ育った村を焼かれ、アーシャ姉以外の村人を惨殺されている。そしてその事実を当然ミオさんも知っている。最初に会ったときにそんな話をした。


「今ここで引き金を引けば、ミオさんは正真正銘の反逆者になってしまう。その果てに待っている世界を、貴女は受け入れることができますか?」

「知らない知らない知らない!」

「……どうした? 私を殺したいのだろう、ミオ」


 まるで挑発するように実の娘を挑発する父親。その逆撫でするような声にミオさんは最悪の結末を引く撃鉄を起こす覚悟を決めたようだ。


「なら思い通りにしてやるよ! 死に晒せやァァァ!!」

「……!」


 私の身体が無意識にミオのお父さんの前に立ち塞がるように動く。巨大な魔力球がこちらに迫ってくる。それは一か八かの賭けだ。文字通り命がけの勝負。何にもない非力な私が立ち塞がったところで、それはミオのお父さんごと吹き飛ばしてしまう。


 私にあるのは最初からひとつだけだ。ユーヒ村を出たその日からずっと一緒にいた相棒。その口を開いて前に立ちはだかる。バッグに吸われれば私の勝ち、そうでないなら負け。たったそれだけの簡単な戦いだ。


 バッグへの衝撃が強まる。バッグの数倍の大きさはあるであろう魔力球は、私たちを貫く軌道を変え、バッグへと吸い込まれていく。そしてどこに繋がっているか分からないバッグの中でそれが思いっきり破裂する。その威力は多少は殺されてはいるものの、それでも私を軽く吹っ飛ばすには十分だった。


「……なんで。なんで邪魔するのアルセーナさん!」

「だってミオさんには……私と同じになってほしくないから」

「……!」

「自分のせいで誰かが死ぬ……そんな辛い思いをしてほしくないの」


 ユーヒ村が襲われたのも私のせいだ。それが不可抗力であると分かっていても、時々自問自答することがある。私のせいで村の人たちの人生を奪ってしまったのではないかと。それでも私はただただ前を向いてきた。でもそれはすっごく大変なこと。そんな大変な思いを味わうのは私ひとりだけでいい。


「……フン。茶番は終わりか、無駄な時間を取らせやがって」


 ミオのお父さんは反省の気持ちを欠片も見せることなく店を後にした。結局私たちは何も変えることができなかった。それが答えなのだと。そう結論づけようとした次の瞬間、


「きゃぁぁぁっ!!」

「おい! グスタフが倒れたぞ!」


 外が騒然としている。私たちは言葉を交わすこともなく外の様子を伺う。そこには、腹部から血を流して地面にうずくまるミオのお父さんの姿があった。


「グスタフさん! 大丈夫ですか!?」

「ふっ……奴らに狙われていたことは分かっていたさ。どちらにしても私は今日死ぬ運命にあっただけの話だ」

「あまり話さないで! アルセーナ、バッグから薬を出して!」


 バッグの中の薬はあれだけの衝撃を受けていたにも関わらず無傷だった。それらを取り出して傷口に塗布していく。アーシャ姉も同じように回復魔法をかけようとするが、それをミオのお父さんは拒む。


「……必要ない。もう私のような老いぼれはこの街に必要ない……か、全く。娘の言っている通りじゃないか」

「グスタフさん、貴方は生きなければならない。貴方という楔を失えばイルヴェーナという街がどうなるか!」


 アーシャ姉の叱責を無視してミオのお父さんはミオの方へと這いずっていく。その様子をミオは様々な感情が入り交じった表情でただ眺めていた。

 

「……ミオ」

「パパ」

「そんな顔をするな。憎い仇が死ぬのだ。笑顔で看取れ」

「……パパは私が殺すはずだった、私が殺せばパパにそんな顔をさせなかった」

「だがこうして話すことができる」


 初めてミオのお父さんが笑いかけた。それを見たミオさんはボロボロと大粒の涙をこぼしている。


「ふざけないでよ……死ぬ間際だってのに突然優しくならないでよ! そんなこと言われたら生きてほしいって思ってしまうじゃない!」

「人は死ぬべき時に死ぬ、それが今だ。だから静かに眠らせてくれ」

「生きなさいよ! 私が生きろって言ってるんだから生きてよ! 私から今度はパパまで奪うの? あんたなんてパパ失格よ!」

「……そうだな」


 店の壁に寄りかかりながらミオのお父さんは安らかな表情でミオさんの頭を撫でた。そして血まみれの身体を気にもせず抱擁を交わす。


「ミオ。不器用な父親ですまなかった」

「……パパなんて大嫌い」

「そうだな。ミオの見える世界はもっと広いものだった。……イルヴェーナを飛び出せミオ。お前の名前を世界中に轟かせろ。不躾な常識を打ち破る弾丸になるんだ」


 そう言い残すと、ついに力がなくなってその場に倒れ込んだ。それに周囲は騒然とするが、アーシャ姉がその空気を言葉だけで調律してみせる。


「……大丈夫、気を失ってるだけです。こっそり回復魔法を掛けておいた甲斐がありました」

「じゃあまだ生きてるの?」

「はい。……グスタフ・グリャラシカに死の救済はまだ早いですから。自らの罪を自覚し、その罪と向き合う。それこそが贖罪なのです」


 ミオが泣き崩れる。ずっと昔に注がれた愛情がかろうじて二人を繋ぎ止めていたのだ。私はそれにただただ安堵して、同じように涙を拭うのだった。


 ミオのお父さんを二階へと連れて行く。でも、まだ事件は終わってなどいなかった。ミオのお父さんを撃ったその主、それはまだ見つかっていない。だがその主はすぐに見つかった。


 そしてそれは私たちのイルヴェーナへの別れの晩鐘でもある。

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