Lilly10. イルヴェーナ事変(2)断裂
ミオさんが向ける『グリャラシカ・シューター』。さっきのはとても小さい魔力球であったため、壁がちょっと焦げるくらいで済んでいるものの、これの本気の威力をもしも人間が喰らえば重症は避けられず、最悪の場合死に至るほどの強烈な威力だ。そんな『人殺しの兵器』を実の父親に向けながらミオは激昂する。
「私はついにやったわ。誰もが簡単に使える新兵器の開発。これがあれば誰だって自分の身を守ることができる。私でも、ママでも、みんなが自分自身を守れるんだよッ!」
「ミオ、まさかお前!」
ミオさんのお父さんがはっとした表情でミオを見ている。やっぱりミオさんのお父さんは何かを隠しているの?
「……そうだよ。私知ってるよ? ママは……あんたのせいで命を落としたんだって!」
甲高い魔力のチャージ音が響く。今のミオさんの感情は算術されたものではない。ただただ自分の中にたまりにたまった鬱憤を晴らしてるだけ。怒りだけが彼女を支配していたのだ。
「違うッ! あれは不可抗力だったんだ!」
「自分だけ! ……自分だけ安全なお城の中にノコノコ引きこもっておいて……ママを見殺しにした癖にッ!」
ミオのお父さんの弁明を聞くことも泣く、さっきよりも威力の上がった魔力球を放つ。それはちょうどミオのお父さんの足元に着弾し、炸裂する。その衝撃は確かなもののようで、ミオのお父さんはそれに吹っ飛ばされて尻餅をついた。
「私はママの死に際に立ち会うことすら赦されなかった。そんなことをしておいてよくもまぁ父親面できたよねッ!」
「ミオさん、これ以上はやめましょう。本当に死んでしまいますから」
アーシャ姉が無理やり止めると、ミオさんも一旦向けていた砲口を下げてくれた。ミオさんの怒りは凄まじいものだ。本当に放っておいたら殺しかねない、そんな怒り。
……ひょっとして元からミオさんはお父さんを許そうなんて思っていなかったのではないか? こうやってお父さんを殺す機会をずっと待ち構えていたのではないか? そんな疑念すら持ち上がってくる。
「グスタフ・グリャラシカ。貴方は本当に贖罪すべき罪はないと、そう言い切れますか? 実の娘であるミオ・グリャラシカのこの怒りを受けても、何も罪がないと言えますか?」
ミオのお父さんは地面を這いつくばるようにミオさんに頭を下げている。それは形だけの謝意か心からの謝意か。それでも上から呆れたように見下すミオさんの表情はそれを魂のないものだと断定しているようだ。
「……お前の言う神は私の罪を赦すのか?」
「はい。神の名の下に全ての罪を赦します」
その言葉に安心感を覚えたのか、ミオのお父さんは堰を切ったように自らの罪を告白し始めた。しかし、それは多々ある手の中でも一番打ってはいけない悪手。それが最悪の結果をもたらすということを理解していないはずもないにも関わらず、ミオのお父さんは言ってはいけない最悪の一言を言ってしまった。
「私の罪、それはお前を産んだことだミオ」
ミオさんの身体が崩れ落ちる。『グリャラシカ・シューター』が床に落ちる鈍い音が聞こえると、太ももに隠していた銃を取り出してそれをノータイムでミオのお父さんに向けて発砲。それに誰も何も言うことができずただ見守ることしかできない……ただ一人を除いては。
「……ミオさん、今は懺悔の最中です。静粛に」
「ふざけないでよ……ふざけないでよこの人でなしが……!」
いつの間にか抜かれていたアーシャ姉の剣に弾道を変えられ、その凶弾がミオのお父さんを貫くことはなかった。アーシャ姉は剣をしまうと、またミオのお父さんに向き直って懺悔を続ける。
「詳しく話を聞かせて貰いましょうか。実の娘の前で娘そのものを罪だと言い切るその訳を」
「……娘は、ミオはとても可愛らしい子供だった。私とオルテナと、二人の愛を貰いすくすくと育っているはずだった……だが、ミオは至ってしまった。禁忌の花、決して触れてはならない自らの潜在能力に気付いてしまった」
禁忌の花、潜在能力。聞き慣れない言葉だが、その言葉が自分の中でどこか引っかかるものがある。その意味をどこかで聞いていたような、そういうデジャヴみたいなものだ。
「ミオは鍛冶師である私の真似事を始めるようになった。最初は微笑ましく見ていたのだが……徐々にその性質は変わっていった。ミオは新たな武器の開発を行うようになっていった……だがそれは決して今の時代に
「存在してはならない?」
「自由都市イルヴェーナ。ここでは常に最新鋭の装備で武装した兵士を配備している。それはプトレとリリシアナ、二大強国に挟まれているが故の必然であるが、決してその時代とかけ離れてはならない。常識を破るような兵装はイルヴェーナでは許されないのだ」
ああ。私は心の中で直感的に理解する。この二人は決してわかり合えない。魂の根底に存在する武器への価値観というものが根本的に違う。そしてそれを変えることも決して無いのだ。
「私はミオにその意味を教えようとした。均衡を破ることの不条理さ、それによって引き起こされるであろうイルヴェーナの惨劇を。だがミオはそれを聞かなかった。……ある日ミオはいなくなった。親戚の家に転がり込んでいることは知っていたが、その頃に軍事部のトップになるよう依頼されそちらを優先したのだ」
「ミオさんのお母さん……オルテナさんのことは?」
「私を快く思わない者たちの襲撃だ。私がトップにならなければその惨劇は起きなかったと言ってもいい」
そしてミオのお父さんはそれを余りにも他人事のように話している。この人には父親としての自覚が余りにも欠如していると思う。まるで自分の娘を怪物かなにかのように扱っているようではミオさんの怒りも正当なものだと私も思えてならない。
「……最後に。娘、ミオさんのことはどう思っているのですか?」
「最悪の問題児だよ。今あるものに縋っていればいいものを、常識を破るなどという妄言に取り憑かれたせいで変わってしまった」
最後までミオのお父さんは自分の罪に向き合うことはなかった。ミオさんの考え方がイルヴェーナを大変なことにする。その考え方を正しいとしても、その否定の仕方がミオさんの気持ちを全く考えていない。もしもミオさんの考え方を少しでも褒めてくれていれば。その考え方を一緒に考え直そうという気概を見せていれば。こんな断裂を起こすこともなかったのではないか?
「貴方の罪、しかと聞き届けました。神は傲慢な貴方の罪も赦すでしょう。ですが……」
魔力球がミオのお父さんに向けられる。それはさっきまでのそれよりもずっと巨大なものであり、おそらくそんなものが当たってしまえば間違いなくミオのお父さんは死んでしまうだろう。
「私は……私だけは絶対に赦さない!」
ミオさんの轟くような怒号が店の中に響き渡った。
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