Lilly9. イルヴェーナ事変(1)接触
翌日。私たちは計画を実行するに至った。机の上には『グリャラシカ・シューター』が二本。そのうちの一本をエルフィナさんが持つ。エルフィナさんはそれを手にして上げ下げすると、不思議そうに呟いた。
「……軽いですね」
「そりゃハリボテだもの」
「これをもって街を歩けばいいんですね?」
「そうね。できる限り兵士に見つかりやすいように歩いた方がいいと思うわ。そしてここからが重要なのだけれど、必ず
「あっ……そうですよね。アルセーナちゃんとアーシャさんはプトレ皇国に戻れないんでしたっけ。だから私がプトレ側に兵士を集めてってことですね」
「そういうことよ」
アーシャ姉の立てた作戦。『グリャラシカ・シューター』の偽物を街中でおおっぴらに見せびらかして兵士の注目を集めさせる。この前没収されていることを加味すれば、同型の存在は必ず目を引くだろう。そうなれば必ずミオのお父さんはここに来るはずだ。ミオを問い詰めるために。そこで私たちの出番ということになる。
「えっと……エルフィナさん」
「はっ、はい?」
「……もしも。もしもですけど」
私はエルフィナさんに最後のお話をしたいと思って話しかける。エルフィナさんもちょっと驚いたようだが、すぐに気を持ち直したようだ。
「その……もしも上手くいってここに戻ってこられたら、私たちと一緒にリリシアナへ行きませんか?」
「リリシアナ、ですか?」
「はい。エルフィナさんがいればリリシアナまで安全に行けると思いますから」
「……そうですね。アルセーナちゃんを守るという意味ではそれもいいかもしれません。でも、ミオさんと離れるのも少し寂しいですね……」
エルフィナさんにとって私もミオさんも大事な人だ。そのどちらかを選べというのは今言うのは余りにも酷だっただろうか?
「私はきっと上手くいくと思っています。ですから後は、皆さんにお任せしますね。私は私の役割をしっかりと、果たすだけですから……!」
こうしてエルフィナさんが街へと繰り出していった。華美な装飾のない『グリャラシカ・シューター』は見た目こそ地味だが、その異様な佇まいはやはり目立つ。すぐに獲物が引っかかってくれるだろう。
私たちはカウンターの前に陣取ってミオのお父さんが現れるのを待つ。二人のシスターが待つ鍛冶屋というのはなかなか異様な光景だ。私も少し緊張しているが、アーシャ姉はけろっとしていて、私の震える手にそっと手を重ねてくれる程度の余裕すらみせている。
しばらくすると、街の様子が騒然とし始めていることに気付き始めた。
「エルフィナさん、上手くやってるみたい」
二階に隠れているミオさんが言うには、うまく兵隊さんを引きつけて追いかけっこをしているようだ。そしてうまくプトレ側に誘導することもできているという。そしてその騒ぎ声が収まる間もなく、店の扉が思いっきり開かれた。
「ミオ! ここにいるのか!」
「……ミオさんならここにいませんよ」
私は厳かな口調でそう言い放つ。正直怖い。ミオのお父さんは怒り心頭といった表情でこちらを睨み付けている。それでも私は臆することなく立ち向かわなければならないのだ。そうしなければミオさんの奥底にある悩みは絶対に解決しないのだから!
「……お前ら、修道女の真似事か?」
「いえ。私は正真正銘のシスターです。こちらはまだひよっこですが」
「おい、ミオがどこにいるかお前は知ってるんだろうな?」
「はい、存じ上げております。ですがお教えするわけにはいきません」
アーシャ姉がそうさらりと言い切ってしまった。そして不敵な笑みを浮かべながら続ける。
「ですから交換条件です。ミオさんの父上、いえ。イルヴェーナ軍事部長、グスタフ・グリャラシカ。貴方の罪を贖罪する意志があるのであれば喜んでお教えしましょう」
「……罪か? 俺にそんなものはない。贖罪される謂れもない! 早く娘の居場所を教えろ、さもなくばお前たちを拘束する」
「……そうですか。それが貴方の『答え』なのですね」
その瞬間、ミオのお父さんの肩を何かが透かして通過した。それが壁に当たると、小気味よい音を立てて炸裂する。何が起きたのかをどうやらミオのお父さんは理解していないようだ。
「なっ、なんだこれは!?」
「それはこっちのセリフだよ、パパ。……ううん、グスタフ・グリャラシカッ!」
その声の主は大口径の筒を手に持ちながら彼を威嚇する。そこからは何かが稼働している音が聞こえており、彼に向けられたほうの穴からは白煙が立ち上っていた。
「ミッ、ミオさん!」
「アルセーナさんごめんね。私やっぱりこいつのこと許せないわ」
階段を下りてくるひとりの少女。涙と鼻水でグチャグチャになった顔を拭いながらも、少女の目からは闘争心の炎が消えることはない。
その名はミオ・グリャラシカ。稀代の天才鍛冶師が牙を剥く。その意味を彼が理解するのに時間は要さなかった。
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