Lilly8. エルフィナの覚悟

「お待たせしました、こちらが出来上がりのものになります」


 ミオさんの懺悔を聞き届けてから数日後、私たちは頼んでいた服を引き取るため、前に訪れた服屋を訪れていた。服屋の主人が奥から仕立て上がったばかりの修道服を持ってきてくれた。


「それでは試着を行いますのでこちらへどうぞ」


 カーテンで仕切られたエリアの中で私は修道服へと着替えていく。こういう服を着るのは初めてなので袖に通していくたびに私の期待感もどんどんと高まっていった。


 鏡に映された私は教会にいるシスターと言われても誰も疑わない姿になっていて、見た目だけならアーシャ姉と本物の姉妹であるかのように思える。シスターの姉妹と言われれば疑う人はあまりいないのではないだろうか。


「とてもよく似合っていますよ」

「ありがとうアーシャ姉、大切にするね」

「アルセーナが喜んでくれれば何よりです」


 アーシャ姉が優しい眼差しを向けながら頭を撫でてくれる。そんなアーシャ姉を見ていると私の顔も自然と笑顔になっていた。でも服屋の主人が私たちのことを温かい目で見ていたのはなんだったんだろ?


 こうして修道服を紙袋に入れてもらい、私もアーシャ姉と同じシスターとして振る舞う準備を整える。服屋を出ると、次は冒険者の人たちが集うギルドへと向かう。そこに用があるのは当然一人だけ。


「エルフィナさん! お久しぶりですっ!」

「あっ、えっと……グリャラシカさんのお友達、でしたよね?」

「はい!」

「こんにちはエルフィナさん。私たちはミオさんから依頼されて貴女を呼ぶように伝えられているのです。一緒に来てもらえませんか?」


 アーシャ姉が優しく諭すようにエルフィナさんに話しかける。こういう話術の高さがあるのってすごいなぁって思う。私はどうしても感情的になっちゃうところがあるから……アーシャ姉みたいな話し方ができるのって羨ましいな。


「……ひょっとしてグリャラシカさん怒ってましたか?」

「いいえ。むしろ感謝していましたよ」

「私、ちゃんとグリャラシカさんのこと守れませんでした。あの『グリャラシカ・シューター』を奪われて、グリャラシカさんもすごく悲しそうな顔をしていて。そういう風にしないようにするのが私の役目だったのに……!」


 エルフィナさんが涙をぽろぽろ流しながら悔しそうな声を上げている。私はエルフィナさんの手をとって精一杯の笑顔を咲かせながらエルフィナさんに言葉を贈った。


「大丈夫です。ミオさんももう前に進んでいますから。エルフィナさんが気に掛けることじゃありませんっ! それに、ミオさんがエルフィナさんの話をしているときちょっといいなって雰囲気がするんです」

「雰囲気、ですか?」

「喜びを分かち合える、って言えばいいんでしょうか? そういう人がいてくれたってだけでミオさんはもう救われているんですよ」


 ミオさんは友達がいないって私に言ってくれた。みんな自分から離れてしまうってその気持ちを吐露してくれた。そんなミオさんに一日だけとはいえしっかりと寄り添って、ミオさんとの気持ちを分かち合うことができた。


 それならもうミオさんは救われているのだ。ミオさんが切望していた友達はもう既に手中に収めつつあるといってもいい。だからエルフィナさんはもうミオさんの大事なものを守っているのだ。


「……ありがとうございます。見ず知らずの私にこんな良くしてくれて……」

「まずはミオさんのところに行きませんか? 私、エルフィナさんにはちゃんとミオさんとお話してほしいです」

「分かりました。では場所を移動しましょう……」


 私たちはミオさんのお店に向かう。店は臨時休業になっているので他の人の邪魔は入ってこない。ミオさんが私たちの姿を見ると少しビックリしていたのが可愛らしいという感情をかきたたせる。


「グリャラシカさん!」

「エルフィナさん……ごめんね、あの時はちょっと取り乱しちゃって」

「いえ。私、あんまりお役に立てなかったのかなってずっと頭の中でモヤモヤしてました。でも、この子がそうじゃないんだって教えてくれて」

「アルセーナさんが?」

「……アルセーナちゃんと言うのですね。はい、アルセーナちゃんのおかげでここに来る勇気をもらえました。ありがとうございますね」


 エルフィナさんの表情から恐怖が消えたような気がする。柔和な表情のそれは優しいお姉さんといった感じで、雰囲気的にアーシャ姉に似通ってきた。でもアーシャ姉みたいな凜々しさはなく、まだどこか内気なところも感じさせるのがアーシャ姉との違いだ。


「それで、なんで私を呼んだんですか?」

「ミオさんのお父さんをここにおびき出してほしいのです。軍事部のトップなので呼び出すのが難しいんですよ」

「ぐ、軍事部のトップなんですか!? そんな人を敵に回してだっ、大丈夫なんでしょうか……?」

「ミオさん相手に力を振るうことはしないとは思いますが……最悪の場合私たち全員牢獄行きかもしれませんね」

「ひ、ひぇ……」

「その時のための奥の手も用意してあるので肩の力を抜いてください」


 抜けるわけないよ、というエルフィナさんの心の声が聞こえてきそうだ。それでもミオさんの覚悟は揺るがない。


「うん、それでいいよ。エルフィナさん、私たちはこれから危険な賭けをするの。負けたら何もかも失ってイルヴェーナにもいられなくなる。私、エルフィナさんのことはもう友達だと思ってるんだ。だからエルフィナさんが嫌だって言うなら無かったことにしてほしい」


 ああ、これもきっとミオさんの算術の果てだろう。大事だからこそその手を離そうとする。それは人として優しくて、とても正しいことだと思う。でも、エルフィナさんはなぜか怒ったような口調でミオさんに言い返した。


「そのっ……私は、ミオさんのことを大事だと思ってます、から……だから! ここで引き留めるのが正しい、それが常識なんだと思います。でも私は、ミオさんが一番やりたいことをやってほしいです! だってあの時のミオさん、すごく楽しそうで……悔しそうだったから」


 エルフィナさんは僅かな時間でミオさんの本質を見抜いている。それはミオさんに助けられた恩でもなんでもなく、ミオさんのことを友人として気に掛けているからこそ導き出した結論なのだろう。エルフィナさんの覚悟ももうとっくに決まっているようだ。


「……うん。エルフィナさんの気持ち、しっかり伝わったよ」

「では明日決行しましょう。手順はこの通りです」


 アーシャ姉が手順を着々と説明していく。そのための準備は既に整っている。決戦前夜、私たちはそれぞれ二人で部屋に分かれて休んでいた。私とアーシャ姉、ミオさんとエルフィナさん、それぞれがそれぞれの思いを抱えながらこの一夜を過ごす。


 いよいよ明日が勝負の時だ。どんな結末であれそれがミオさんたちにとって最良であること。それを神様に願いながら私は目を閉じた。

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