Lilly7. ミオの懺悔
私とお父さんの仲は昔はそんなに悪いものではなかった。お父さんも昔は鍛冶屋を営んでいて、お母さんといっしょにこのお店を切り盛りしていた。お母さんは病弱なところがあったけど、一人娘である私に対して最大限の愛を注いでくれて、私はそんな愛の中で育ってきた。お父さんはいつも忙しそうにしていたけど、その言葉や行動には私に対する愛情があったと思う。
私はお父さんの背中を見て育ってきたからか、お父さんと同じ職業に就きたいと考えるようになっていた。お父さんは銃器を専門に扱っていて、その高いクオリティはいろんな人に認められていた。イルヴェーナ自治軍から冒険者の人まで、どんな人でも隔てなく接してくれる、本当に尊敬できる父親だったと思う。
私もそんな鍛冶師になりたいと思うのは当然のことだった。でも、私が鍛冶師になることをお父さんはよしとしなかった。特に私が新しい武器の案を生み出していく度に、お父さんは渋い顔をしながらそれを否定するようになってしまった。すごい武器をみんなが使えるようになれば、魔物に対しても有効的なものになる。そんな武器を作ることができればお父さんの背中を越えることができるのだと。
そこから徐々に亀裂は深まっていき、私が13の時に家出して、イルヴェーナの一角にあった銃器専門の鍛冶屋を引き継いだ。これは私の親戚が営んでいたのだが、親戚が引き継ぎ先を探していたというので立候補した形である。
そこで私はお父さんと同じように銃器を作ったり直したりして自分で生計を稼ぐようになった。その腕は始めた当初から凄いものだったらしく、周囲は私のことを天才だと評するようになっていた。私もそれに気を良くしてか、既存の銃器だけでなく、新しい銃器の開発も行うようになったのだ。
しかし、その開発は上手くいかなかった。私が目指すものは、『誰でも使える高威力な銃器』だった。でも、そんなものはイルヴェーナには流通していない。それは大砲のような固定砲台が為す役割であって、ひとりの人ができることではない。それが
でも、そんな失敗続きの私を周囲は嘲笑するようになった。失敗は成功のもとって言うんだって自分を奮い立たせても、私の性格も相まってその評価はひとつに固まる。『腐った天才』。常識にとらわれない私のことは普通の人にはそう見えるのだろう。心に棘を突き刺されながらも私はただ邁進するほかなかったんだ。
でも私はついに実現した。『グリャラシカ・シューター』は反動こそあるものの、使う人の力量によってその反動は大きく軽減できる。エルフィナさんにも使ってもらったけど、大きめの魔物を簡単に倒せることにビックリしていたのだ。これでお父さんに認めてもらえる。お父さんの背中を越えられる。馬鹿にした奴らを見返せる。そう意気揚々と帰ってきたのに……!
「まだそんなものを作っているのか」
「……パパ」
イルヴェーナの入り口にお父さんが待ち構えていた。なんでと思いながらも冷ややかな目でお父さんを見つめる。お父さんは私の開発を邪魔してくるゴミみたいな存在。こうやって私が帰ってくるのを待ち構えて開発した武器を因縁つけて強奪していくのだ。
「その武装はなんだ? まだこんなガラクタを作っているのか」
「ガラクタ? もうそんな口は利かせないよ。『グリャラシカ・シューター』は世界を変える武器になるんだから」
「……衛兵、娘を抑えろ」
「ちょっと! 離してよ!」
「ミオ、お前の考えをイルヴェーナは認めるわけにはいかない」
お父さんは変わってしまった。軍事部のトップに就任してあのお店を畳んでからというもの、私に対する態度は犯罪者を見るかのようなものに変わっていた。あの時の優しいパパはもういない。
私はただお父さんに認めて欲しかっただけだ。そしてお父さんに褒めてもらいたくて、成長したねって言ってほしかっただけだったのに。エルフィナさんも慰めてくれたけど、それでも私はお父さんへの怒りを抑えることができなかった。
私の罪、それは自分の気持ちをお父さんに正直に伝えられなかったこと。ただそれだけなんだ。
■
「……なるほど。つまりミオさんはお父様の愛情が欲しいだけだったのですね」
「……そうだと思う。もう私はパパに並べる存在になったんだって気付いてほしいだけ。『グリャラシカ・シューター』を通じてそれを理解してほしかっただけ。でもアイツは理解してくれなかった。だからこの話はもう終わりだと思う」
……本当にそうだろうか? どうしても私には違和感を覚えてならない。何かがすれ違っているだけのような、そんな気がするのだ。
「アルセーナはどう? 何か気付いたことはあるかしら?」
「えっと……ミオさんのお父さんはミオさん自身のことをどう思っているんですか?」
「どうせできの悪い娘くらいにしか見てないんじゃない?」
「それって
ミオさんの口が動かなくなる。記憶の奥底まで該当する言葉を引き出そうとしているが、しばらくしてミオさんは静かに答えた。
「……ない。でもなんとなく雰囲気がそう言ってる」
「ならまだ可能性はあります」
「ないよ! パパはいつだって態度で私を拒絶してきた! そんなことしてくるんだったら『嫌いだ』って言っているのと同じでしょ!?」
「違いますっ!」
思わず出してしまった大声にミオさんだけでなくアーシャ姉まで驚いている。
「本当に嫌いだったらわざわざ会いに来たりなんかしません! だって軍事部のトップなんでしょう? 兵隊さんを使って襲うなりなんなりすれば済む話じゃないですか」
「それは……そうかもしれないけどさ」
「私は……まだお父さんはミオさんのことを気に掛けているんだと思います。ミオさんと同じでうまく気持ちを伝えられないだけのような……そんな気がするんです」
それが私が導き出した結論。ミオさんもお父さんも、どちらも自分の本当の気持ちをうまく伝えることができていない。そんなうわべだけの対立がここまで根深いものになっているのだと。私はそう思うのだ。
「この話を聞いて確信しました。ミオさんのお父様はわざわざ城に突撃などしなくてもあちらから来てくれるでしょう」
「……ほんとに?」
「ええ。その時に私たちがうまく場を作りますから。その時にちゃんと自分の気持ちを直接伝えるのです」
「……わかった。アーシャさんに任せるよ」
二人の仲が元に戻るかはわからない。結局何も変わらないで紛糾したまま終わることもあるかもしれない。それでも私は二人の仲が戻ってくれると心のどこかで確信していた。
イルヴェーナの夜は徐々に更けていく。夜中でも未だに活気のあるこの街で、私たちは静かな夜を過ごしていった。
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