Lilly4. ミオの怒り
「いらっしゃいませ」
「ここに四人組の冒険者っぽいの泊ってないですか!? その人たちに武器直せって言われたんでお届けに来たんですが!」
「少々お待ちください」
「じれったい!」
女の人がいると言われていた宿屋に辿り着くや否や、受付の主人を圧倒する勢いでミオさんが突撃し、宿帳を猛スピードで確認している。
「男3女1で女性はエルフと思われる、そうだねアルセーナさん?」
「はっ、はい!」
「うん、ここで間違いない。行くよ、女の人が危ないかもしれない」
宿屋の主人からカギをもらうと、ものすごい勢いで階段を駆け上がってドアを突き破る。私はそれに追いつくことができずに息を切らしながらただミオさんの後を追いかけるしかなかった。
「なっ、なんだ!?」
「こんにちはグリャラシカ銃砲店です! ご注文の品をお届けに上がりました!」
中では女の人が裸にひん剥かれていて、男らも下着姿とまるでお風呂上がりのそれになていた。……何してたんだろ?
「おいテメェ人の都合ぐらい考えろバカか!」
「バカはあなた達のほうでしょう? あんなメチャクチャなことしたら壊れるに決まってるじゃないですか」
その言葉にカチンと来たのか、明らかに男3人の語気が荒くなる。
「んだとテメェ! 壊れてるのは事実だろうがよぉ!」
「そうだそうだ! お前が不良品を売りつけなければ良かっただけの話だろうが!」
「なら教えていただけますか? その銃に一体どんな衝撃を加えたのかを」
男たちは全員押し黙る。魔物の攻撃でもヒビが入る程度の傷しか負わない部分をへし折るような攻撃、それも絶対にあり得ない方向へ曲げる方法。そんなものなど存在しないのだから黙るほかないのだ。その沈黙を答えとみなしたのか、さらにミオさんは言葉の弾を撃っていく。
「当店でお買い上げいただいた銃器の修理メンテナンスは無料で行っていますが……通常の使用で発生し得ない故障の修理にはお金を取るとお買い上げの時に説明したはずですよね?」
「ぐっ……」
「ここの素材は貴重ですから……さしずめ金貨十枚といったところでしょうか」
金貨十枚とは装備でいえばちょっと高めの剣一本分である。結構な金額の損失に男たちは顔面蒼白。女の人はまだぷるぷる震えている。中ではよほど恐ろしいことが起きようとしていたらしい。タオルで胸の部分を隠しているその様からも悲壮感が漂う。
「ふざけるな! 客を侮辱しやがって!」
「『腐った天才』のクセに生意気なんだよ!」
「……今なんて言いましたか? ごめんなさいねぇ私耳が遠くって。もう一度。はっきりと。……言ってもらえませんか?」
明らかにミオさんの雰囲気が変わった。さっきまでの陽気ながらも相手を翻弄するような口ぶりは消え失せ、その目には明らかな憤怒が見て取れる。
「ああ何度も言ってやるよ、この腐った天才が! 過去の栄光にしか頼ることのできないポンコツしか生み出せないゴミカスが!」
さっきよりも酷いことになってる。ミオさんは明らかに肩を震わせていて、身体全体で怒りを体現していた。そして聞いたことも無いような怒りの声で男らに対してブチ切れる。
「私を侮辱することは構いません。それでも、私の銃を……この子たちを侮辱したことだけはッ! 万死に値しますッ!」
そして太ももに隠していた銃を男相手に問答無用で発砲する。強烈な発砲音を三発轟かせると、男たちは床にバタバタと倒れていく。っていきなり人に向けて発砲して大丈夫なの!?
「私も殺すほど悪魔じゃないですから。宿屋の主人に事情を話してギルドに通報して然るべき対処をしてもらいましょう」
「あっ、ああ……」
「大丈夫ですか!?」
私はエルフの女の人のところへと駆け寄ると、まだ震えが止まらないといった感じだったのでそっと抱きしめてあげた。そうこうしているうちに女の人がわんわんと泣き始めたのを見て、私はもう大丈夫だと確信した。泣くことは悪いことじゃない。それはちゃんと感情の発散ができるということの証左だから。
「怖かったです……あの人たちに襲われて、酷いことされそうになって抵抗したんですけど、もうダメってなって……!」
「……うん。私たちが間に合ってよかったです。あの銃はどうされたんですか?」
「あいつらに奪われて使えないようにされて……それでグリャラシカさんのところに全責任を押し付けてやるって」
「あれをへし折るってなると直接やるしか無いからね。こいつらの中に銃の構造に詳しい奴がいるみたいだ。まったく工具まで用意して……」
しばらくしてギルドの職員がやってきて男たちは連行されていった。その後は然るべき処分……おそらく身分剥奪と都市追放だとミオさんは言っていたが。
一方の女の人は新しくなった銃を手にして喜んでいる顔を見せていた。
「ありがとうございます! こんな貴重な修理をしていただいて……」
「いいのいいの。お姉さん、この銃のことちゃんと使ってくれてるんだね」
「はい。……これは私の仲間の形見なんです。魔物の襲撃で亡くなる直前に私に託してくれた大事な銃なんです」
「……そっか、この子が愛されてくれて良かったよ」
ミオさんが嬉しそうな顔で女の人を見送っていく。あの人、ひとりぼっちだって言ってたけどこの先どうするつもりなんだろう。ギルドがどうこうって言ってたからまた新しく仲間を募ってってことになるのかな。その先でミオさんの銃が活躍してくれることが一番の恩返しになると私は思う。
「うん、アルセーナさんがいてくれたおかげだよ」
「私、何もしてないような」
「ううん、私が激昂して銃を放った後にちゃんと女の人のとこまで行ってくれたでしょ? 私だけだったらあそこまで気を配れなかったから。アルセーナさんには優しさって武器があるんだよ」
「優しさ?」
「そう、優しさ。どんな強い武器でも優しさにだけは傷をつけることはできないんだよ。だからその優しさを振る舞えるアルセーナはもっと誇っていい」
そう言って私のことを撫でてくれるミオさん。私の武器が優しさ、か。ひょっとしたら勇者さまもそう思っていてくれていたのだろうか? そう思っていてくれたならとても嬉しい。でも、でも。
今の勇者さまは優しさという武器が失われているってことになるよね?
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