Lilly2. アルセーナの天啓
イルヴェーナは確かにプトレにいるよりは安全であることは分かったが、それでもこの前みたいなことが起きかねないということから、私は基本的にミオさんの工房から出ないようにしている。もちろん買い物などが必要なときはミオさんかアーシャ姉に同席してもらってという形になるが。
かれこれ一週間ほど経ったがミオさんの開発はどうやら難航しているようで、ご飯を食べているときもうんうん唸っているのが見ていて痛々しい。今日の夕ご飯もそんなどんよりとした雰囲気の中で進んでいた。
「アーシャ姉、『グリャラシカ・ストライク』の開発ってどうなってるの?」
「余計な機能を取り払ってシャープにはなった。でもあの反動をどうにかする方法が見つかってない」
ミオさんが開発した『グリャラシカ・ストライク』は持ち運び可能な超高火力の魔術式大砲だ。人の背中に背負って撃てるという利便性こそあるものの、それ以外が壊滅的にダメだという。これなら固定して撃った方が実用性があると言われる始末だ。
「ミオ、今の状況をアルセーナに教えられる? 専門的な用語は抜きで子供に教える感じで」
「ええっ」
「私は『グリャラシカ・ストライク』がこれまでの戦いの根底を揺るがす超兵器になると考えている。その開発者が子供相手に説明ができないようではまだまだだと思うけど?」
「……そう言われるならやってやりますよ!」
ミオさんはアーシャ姉の挑発に弱い。鍛冶師としてのプライドが許さないのだろう。ミオさんは『グリャラシカ・ストライク』を自分の子供のように可愛がっている。子供を馬鹿にされたら親が怒るのは当然の話だ。ミオさんは設計図を机の上に広げて私に説明を始めた。
「『グリャラシカ・ストライク』は背中に入れてある魔力を用いて放つ大砲です。この発射口に据え付けられたここで魔力を一気に集約させて魔力の球をぶつけるイメージですね」
「魔力の球って普通の球と何が違うの?」
「魔力防御に強いです。普通の砲弾による爆発は魔力障壁によって完全に無効化されてしまいますが、魔力の砲弾の場合は障壁の魔力とぶつかり合って打ち消し合うんです」
だからアーシャ姉の光の防壁二枚張りでなんとか耐えられたんだ。スペックだけ聞かされれば完全に通常の砲弾の上位互換である。しかし、これには致命的な問題があった。
「ですが魔力球を作るには莫大な魔力を必要とします。『グリャラシカ・ストライク』にはリソースから自動で魔力を生成する装置を据え付けていますがそれでも一発撃つと十五分は再発射できないです」
「それでもあの威力をぶつけることができれば」
「はい。障壁を無効化して相手を叩ける。それは絶対的な利点だと確信しています。ですがもう一つの問題が反動なんです」
ここからが本題だ。スペックだけ見れば現行の砲弾を凌駕する恐怖の兵器『グリャラシカ・ストライク』。だがそれがポンコツ扱いされている最大の原因がこの反動問題である。
「魔力球を押し出すための力が現状かなりのものになります。反動そのものを軽減させるのは難しいですね……高出力の魔力球を打ち出すのですごい勢いで押さないといけないので」
「じゃあ転ばないようにするとか?」
「しゃがんで撃つ分には問題ないんです。でも私は立った状態での砲撃を目指したい」
ミオさんの『グリャラシカ・ストライク』の立ち位置、それは最後の切り札として放つものだという。そのためには高機動の戦闘でも問題なく持ち運べて、かつ相手の不意をうつような形での砲撃が必要だという。そのために現在の形に落ち着いたというのだ。
「正直手詰まりってところね。現状の形でってなるとどうしても限界が見えてくるわ」
「どうすればいいんでしょう……」
そもそもこんな大きなものを持っていたら不意打ちにならないのではないかと思う。相手が『グリャラシカ・ストライク』だと理解すれば所持者は真っ先に狙われるだろうし、まともに発射させることを許さないはず。
「もう少し持ち運びやすかったらなぁ」
「これでもかなり軽くしたんですけどねぇ」
「そうじゃなくて……背負うのってめんどくさいなーって」
大砲を背負って動けるミオさんがすごいのであって、私が背負ったらひとたまりもないだろう。アーシャ姉みたいに鍛えられている人ならいいのかもしれないが、それによる動作性の低下は防ぐことができない。あの状態でまともに戦えというのは私にとっては酷だ。
「もっとこのパンみたいに持ちやすかったらなぁ」
カゴのなかに入れられていたバケットを眺めながらそう呟く。あそこのパン屋さんはこういう長いパンには紙で包んだ持ち手をつけてくれる。そこを掴んで運ぶことで、普通に抱えるよりもずっと楽に運ぶことができるのだ。
「パンみたいに、持ちやすく?」
「ほら、隣のパン屋さんのパンって持ちやすいように工夫されてるじゃないですか。こんな長いパンでも運びやすくてすごいなーって」
「……! そうかその手だ!」
「ミオ、『グリャラシカ・ストライク』の口径ならできるんじゃない?」
「……そうですね。やれるだけのことはやってみましょう! ありがとうございますアルセーナさん!」
どうやら私のふとした一言がミオさんに天啓を与えたらしい。ミオさんはスープを駆け足で飲み干すと、すぐに下の工房へ飛んでいってしまった。
「お手柄ねアルセーナ」
「ミオさん大丈夫かな?」
「あの調子ならきっといいものになるわ」
アーシャ姉はそう言って優しく微笑んだ。あとでミオさんに飲み物を持っていってあげよう。きっとここから働きづめになってしまうような気がしたから……。
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