Lilly11. 感情の算術

 アーシャ姉の突然の提案。ミオさんが新しく開発した武装『グリャラシカ・ストライク』の改装に協力することを条件での亡命協力。その提案には私もミオさんも驚愕といったところで、少しの間空気が凍る。その空気を溶かしたのはミオさんだった。


「協力してくれるのはありがたい……というか人手なら喉から手が出るほどほしいですけどお姉さん大丈夫なんですか? どっからどう見ても教会の人ですよね?」

「表向きはね」

「えっ」

「裏ではプトレ皇国の転覆を謀るべく暗躍しているのよ」

「いや……いやそれはさすがにないでしょ」


 アーシャ姉何言ってるの? 確かに私が反逆者呼ばわりされてることは正しいし、最終的には皇国の転覆に繋がりかねないことをやらかすことは合っている。合ってはいるんだけどさ!


「それがあり得るのよ。現にアルセーナは私の濡れ衣を着せられて反逆者扱いされているわ」

「……それは本当なんですかアルセーナさん」

「はっ、はい。私なにもできないんですけどなんか反逆者扱いされてて……生まれた村、燃やされちゃいました……」


 むしろ濡れ衣を着せているのは私のほうだ。言っていることは大体正しいのだが、細かいところを見ると違いがある。アーシャ姉はその違いを利用してミオさんを籠絡するつもりらしい。ミオさんはその策にまんまとハマったようで、皇国への怒りを露わにしていた。


「はぁ? こんな小さい子に罪を押し付けるとか最低じゃないですか! 打ち込めるならこの『グリャラシカ・ストライク』でぶっ飛ばしてやりたいですよ!」

「そう。私たちには貴女の力が必要なのよミオさん」

「わっかりました! そういう頼みならしょうがないっすね! 完成するまでの間私の家間借りしていいんで! この子を最強の武器にして皇帝のケツにぶっ刺してやりましょう!」

「もう少し穏便にできないかな……」


 城に向けて撃つことはやむなくあるかもしれないけど陛下に直接はさすがに人道的に酷すぎる。でもミオさんが乗り気になってくれたおかげでイルヴェーナへの道は開けた。


 こうして私たちの旅の一行にミオさんが追加された。ミオさんはアーシャ姉となにかいろんな話をしている。私はその話を理解することはできないけど、二人が仲良くやれそうだというのに一番安心していた。


 でも夜になっても私のことを放置されるとちょっと悲しくなってくる。ご飯を食べているときも武装の話に熱中されているとこっちも正直文句のひとつやふたつ言いたくなってしまう。私が口を挟む隙がないのだ。ミオさんもちゃんと私にもいろいろと便宜を図ってくれているのだが、それでも私は曖昧な返答をすることしかできない。


 そうやっているうちにこの場にいることが苦痛と感じるようになってしまった。もう寝てしまおう。明日になればきっと解決する。


「今日はもう寝ます」

「……?」

「そう。おやすみなさいアルセーナ」


 アーシャ姉がいつものようにおやすみの挨拶をしてくれる中でミオさんだけが訝しそうな目で私を見ていた。


「……アーシャ姉のばか」


 テントの中で私はいじけながら一人で横になる。毛布を掛けた簡易的な寝床であるが、アーシャ姉と一緒だと思っていたら眠れるような気がしていた。アーシャ姉はもう私に興味がないのかな? 目の前の復讐に捕らわれて隣にいる私のことを忘れてしまったのだろうか?


「アルセーナさんいますか?」

「……」

「入りますね……」


 そうやって横になっているとなぜかミオさんが中に入ってきた。私は寝たふりをしてごまかそうとするが、ミオさんは私の隣に座ってまるで物語を語って聞かせる母親のように優しく語りかけてきた。


「アーシャさんから話は聞いています。お二人は生まれた頃からの固い絆で結ばれているんですね。私の存在は迷惑ですか……? って寝ているのに聞いてもしょうがないですね」


 あははと笑うミオさん。その言葉の節々からはどこか後悔を感じさせるような、そんな強めの感情が乗っているような気がする。


「まぁこれはひとり言なんで無視してもらっていいんすけど……私、友達がいないんです。違いますね、友達ができてもみんないなくなってしまいました。そういう人間なんですよ私は……ほんとバカなんですから」


 ミオさんは人の感情が読めるという。読めるというよりかは類推するというのが正しいと思うのだが、人がどのように思っているかを頭の中ではじき出して、それに最適な答えを返す。そういう人間離れした感情論で動いているのだ。


 でもそれが正しいとは限らない。導き出した答えが正しいかどうかは相手にしか分からない。そしてその答えは時に間違うこともある。そしてその間違いは常に致命傷となり、ミオさんからは友人と呼ばれる存在が消えていったというのだ。


「ごめんなさい。きっとアルセーナさんなら励ましてくれるって思っていました。違いますね、私はアルセーナさんの優しさに甘えてしまった。だからアーシャさんに必要以上に没頭してしまった」


 ミオさんの感情の根底、それは優しさなんだと思う。相手を傷つけたくないからこそ、友達だと思っているからこそミオさんは脳内で考え込んでしまうんだ。それをミオさん自身が制御できないだけ。それを私が理解できたならそれでいい。もう私がいじける必要もなくなった!


「……大丈夫」

「アルセーナさん?」

「ミオさんの優しさはもう知ってるから」


 私は起き上がってミオさんをまっすぐに見つめる。そして開けたおでこにキスをした。

ミオさんは私の行動の理解をすることができないようで、顔を真っ赤にしながら私の方を見ている。

  

「私もミオさんのことが好きだから。好きって気持ちがすれ違っただけ」

「あっ、アルセーナさん?」

「でも……アーシャ姉を独占するのはめっ」

「……ふふっ、本当にアルセーナさんは優しいんですね。アーシャさんの気持ちが分かった気がします」

「アーシャ姉の?」

「こんな心の澄んだ女の子に頼られたら誰だって守りたくなりますから。しばらくしたらアーシャさんも来ると思いますから。その時はいっぱい甘えたほうがいいと思いますよ? ではいい夜を」


 そう言って笑うミオさんの笑顔はとっても綺麗で。アーシャ姉が来るまでの間、私はその顔が脳裏に焼き付いて離れなかった。

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