Lilly9. 猛進するものたち

 翌朝目を覚ましたときにはもうアーシャ姉は起きていて朝食の準備をしていた。朝食といってもそこら辺で狩ったと思われる魔物や動物の肉を焼いているだけなのだが。


「起きたのね。おはよう」

「おはよ~……次の街までどのくらい?」

「今日いっぱい歩けば関所の近くまで着けると思う」

「じゃあいっぱい頑張らなくっちゃ! アーシャ姉お肉食べていい?」

「ちょうどいい感じに焼ける頃だからもう少し待ってなさい」


 焼けたお肉を前によだれが止まらない。美味しそうなお肉は美味しく食べることが大事だ。だから私はバッグから塩の入った瓶を取り出すとそれをさっとお肉にふりかけて思いっきり頬張る。これが一番美味しいお肉の食べ方だからだ。するとアーシャ姉が不思議そうにその光景を眺めていた。


「調味料とかも持ち歩いているのね」

「料理も作ってたんですよ。戦闘ではからっきしだったのでこういうところで役に立たなくちゃって。まぁ最初はとんでもないものばっかり作ってたんですけど、勇者さまが教えてくださったんです!」

「やっぱり勇者様ってグルメなのかしら」


 勇者さまは美味しい食事にこだわる節があったことは否定しない。10日間連続ワイバーンステーキしか食べられなかったときは3日目で勇者さま以外が音を上げたが、勇者さまがいろんな食べ方を教えてくれたおかげでワイバーンステーキが楽しみになるようになってきた。最後のワイバーンステーキの時は勇者さまが直々に焼いてくれて、ほっぺたが落ちるほど美味しかったっけ。


 そんな勇者さまに料理を教えていただいたのだから昔と比較すればずっと美味しいものが作れるようになった。凝ったものは無理だけど、簡単な料理なら美味しく作れると思う。


「そうやって塩を振りかけると美味しいのね」

「はい!」

「貸してくれる?」

「どうぞ!」


 アーシャ姉に瓶を渡すと、パッパッと塩をふりかけて同じようにかぶりつく。


「……なるほど、そういう味になるのね」

「口に合わなかった?」

「そういうことじゃない。肉に深みを持たせるいいやり方ということよ」


 それから私たちは無心で肉を頬張り続け、その全てを胃袋に叩き込んだ。朝からこんな美味しい料理を食べていいのかと思いつつも、これからの長い旅路のことを考えれば今しっかり食べておくことが大事だ。食べられるときに食べておかないとね。


 リリナシアまでの道のりは果てしない。まずはイルヴェーナに向かって、そこからさらに先にリリナシアがある。イルヴェーナに入るためには関所を越えなければならず、プトレ側の関所は亡命者の取り締まりが激しい。越える壁が明白になっている以上、それをどうにかする必要がある。


「ここがちょうど半分ってところかしら。あと半分歩けばイルヴェーナが見えてくるはずよ」

「まだまだ長そうですね……ちょっと休憩させてくれませんか?」

「構わないよ」


 ちょっと疲れが出てきたかもしれない。ちょうどいい切り株を見つけたのでそこに腰掛け息を整える。アーシャ姉も顔には出さないけど疲れが出てくる頃だろう。身体をほぐしてストレッチをしているようだ。そうしてしばしの休息をとっていると、遠くから何かの声が聞こえたような気がした。


「……? アーシャ姉何か言いましたか?」

「何も言っていないわ」

「気のせいかな……」


 その音の主がこちらに向かっているようだ。何かドタドタとした轟きも引き連れて、だが。そしてしばらくするとその正体が明らかになった。


「ひぃぃぃ! たすけてくださ~い!」


 走ってきたのは気弱そうな女の子だった。気弱という割には持っている武器がなんかすごく大きくて強そうなのは気のせいだろうか? 大砲のようなものを背中に抱えながら全力疾走する彼女は明らかにスピードが遅くなっており、引き連れている魔物に蹂躙されるのも時間の問題だろう。


「アルセーナ、ここは任せて」

「うん、アーシャ姉行ってきて」


 私はアーシャ姉に投げるためのポーションをセットしながら状況を見守る。引き連れている魔物は三匹。見た目から察するにボアーだろう。前方に疾駆することを得意とする好戦的な魔物で、一度捕らえた獲物は絶対に逃がさないと言わんばかりの執着をみせる。


「そこの貴女!」

「はっ、はい!」

「今すぐに伏せなさい!」

「え、ふせるってきゃっ!」


 女の子が躓いてアーシャ姉の視界から消える。それが好機と言わんばかりにアーシャ姉が魔法の詠唱を行う。……詠唱を行うときもあの本を持つんだね。本当の魔術師みたいでかっこいい。


「光よ貫け!」


 右手を前に出すと、そこから光線が飛び出してボアーたちを身体ごと呑み込む。呑み込まれたボアーたちはその圧力に耐えることができずにへいべいに吹っ飛ばされ、物言わぬ死体となった。ボアーのお肉は癖があるもののうまく調理できればとても美味しい。だから今日のご飯にしてもよかったのだがこれではその計画もご破算である。


 それよりも問題はさっき転倒した女の子のほうだ。ケガをしているかもしれないし、ひょっとしたら既に何かの限界が来ているのかもしれない。アーシャ姉がボアーを退治したことを確認すると、すぐに女の子のほうへと駆け寄る。


「大丈夫? ケガしてない?」

「大丈夫ですケガはしてないっつ……!」

「膝のところ擦りむいてるよ! すぐに治すから待ってて!」


 こういう傷はわざわざ治癒魔法に頼る必要もない。カバンから包帯とポーションを取り出して応急処置を行う。ポーションを軽く傷口に染みこませて包帯でグルグル巻きにしておけば明日には治っているはずだ。


「ちょっと染みるけど我慢してね」

「は、はい……! っ……!」


 私には治癒魔法を使うことができないから本格的な治療を行うことはできない。それでも気休め程度に楽になれるようなことはできるはずだ。


 さっきまで座っていた切り株のところに女の子を座らせると、どうやらいろいろと落ち着いたようで、こちらにペコペコと頭を下げてきた。


「すみませんっ! 私が不甲斐ないばかりに見ず知らずのあなたたちにご迷惑を」

「迷惑だなんてとんでもないです! 困っている人がいたら助けるのが神様のお導きですから!」

「そうね。困ったときはお互い様と言うでしょう?」

「本当にありがとうございますっ! この子が本調子ならあんな魔物、一撃で吹き飛ばせるんですけど……」


 女の子は背負っていた大砲をズドンと地面に置くと、改めて立ち上がって私たちに頭を下げる。女の子は私と同じくらいの大きさで、おそらく私と同い年ぐらいだろうか? 


「あのっ、私はミオ・グリャラシカと言いまして、イルヴェーナで鍛冶師をやっています! この子は私の最新作で『グリャラシカ・ストライク』です」


 イルヴェーナの人と知り合いになっちゃった! これはもしかして……もしかするかも?

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