Lilly8. 最初の壁

 深緑薫る草原を歩く私たち。馬車道のルートからは外れているおかげで追手の気配は全く感じない。魔物……というか動物? 野生生物も見かけるが、おとなしい生き物が多いおかげで私たちの旅路は安全に進んでいた。そして今、私たちは地面に座ってアーシャ姉の魔法の本を見ながらこれからの旅路のプランニングを練っていた。


「その本すごいね」

「この本には世界の知識が詰まっていると言われています。まぁ魔力がないとただのメモ帳なんですが」


 勇者さまも似たようなものの話をしていた。そこには世界中の情報が詰まっているけど、それを利用するには使う人の知識が必要だって。ここでの知識が魔力みたいなものなんだろうな。


「ここから自由都市イルヴェーナへは歩いて3日ほどかかります。馬車を使えばすぐなのですが今の私たちが使えば一発でアウトです」

「うへぇ、結構かかるね」

「地道に行きましょう。幸いここは開けていますから戦闘になれば今の私でもなんとか」


 アーシャ姉はいつもの修道服に細身の剣を帯刀している。着替えやらなんやらを私のカバンに詰め込んでいるおかげで軽装で済んでいるのはありがたいが、剣を持つアーシャ姉を見ているとどうしてもあの怖いアーシャ姉のほうを思い出してしまう。


「ただ問題がもうひとつ。イルヴェーナに入るには関所を通らなければなりません」

「えっ、それって」

「はい。今の私たちで通るのは難しいでしょう」


 前途多難だ。曰く、イルヴェーナは川沿いの街で国家間貿易が盛んであるという。イルヴェーナはその中間地点、そしてプトレとリリシアナの緩衝地帯という役割もある。


 イルヴェーナという都市には相互不可侵の条約があり、互いの公益をイルヴェーナを介して行うことでなんとか今の状態に持ち込んでいるという。故にプトレ側の関所では亡命者の取り締まりが激しいというのだ。逆にリリシアナ側は事情を話せばすんなりと通してもらえるとのこと。


「イルヴェーナは自由都市と冠していますが城塞都市としての側面も持っています。下手に敵に回せば両国ともに手痛い打撃を喰らうのです」

「……つまりイルヴェーナはお城みたいな街ってこと?」

「そうですね」

「てことは壁をよじ登って入るとかは難しいってこと?」

「無理がありますね」


 ふと私にひとつの名案が浮かんだ。アーシャ姉に飛んでもらえばいいのだ。怖いアーシャ姉になるのは私が我慢すればいいだけどの話だからそこは問題ない。


「空を飛ぶのはダメ?」

「……あの力は無闇に振るうべき力ではないのです。それに……使えばまたアルセーナを襲いたいと思ってしまう」

「襲いたいって……キスしたい、みたいな?」

「まぁ……」


 気まずい沈黙だ。確かにちょっと恥ずかしいところもあるかもしれない。それでも私たちの目的のためにはリリシアナに行くことは絶対条件だ。だから使ってほしいという願いをこめてアーシャ姉におねだりする。

 

「私は……いいよ? アーシャ姉ならキスされても嫌じゃないから」

「そっ、そういうことではないのです! とにかく飛ぶのは禁止!」


 ぷいとそっぽを向いてしまった。……やっぱりあの力って相当負担がかかるのかもしれない。気軽に翼を生やしてたし、なんならちょっとテンションも上がっているように見えたのだけど……


「とにかく今は前に進むしかありません。近くに着いてから考えましょう」

「ちょ、ちょっとアーシャ姉まってよ~!」

 

 スタスタと前を歩いていくアーシャ姉を追いかけていく私。アーシャ姉怒ってるのかな? 私がアーシャ姉が嫌がってる力を使わせようとしたから? あとで謝らなくっちゃ……。


 こうして今日の食糧を確保しながら前進していくうちに夜を迎えた私たちは手頃な場所で野営を行った。私が持ち込んだ野営用のセットを組み立てると、アーシャ姉は目を白黒させながらこちらを見ている。


「……アーシャ姉どうしたの?」

「上手なのね。これも勇者様から習ったの?」

「そうですね。こういうことしかできることがありませんでしたから……だから誰にも負けないようにって頑張ってました」

「えらいわ」

「えへへ~」


 アーシャ姉が頭を撫でてくれる。その心地よさにこれまでの疲れもたまっていたのか私の身体がドサリと倒れる。ちょうどアーシャ姉が壁になるような形になったのがまだ良かった。


「あっ……ごめんアーシャ姉」

「いいの。疲れたときはしっかり休みなさい」

「うん。ちょっと眠いかな」

「ならしっかり眠りましょう。テントまで運ぶわね」


 アーシャ姉に抱えられながらテントの中へと入る。アーシャ姉も同じように横になっていた。こういう時って誰かが見張ってないといけないはずだけど……でもアーシャ姉のことだし対策はしてあるよね。


 だから私は安心して目を閉じた。リリシアナまでの道のりは始まったばかり、明日もいいことがある。神様、明日も私たちのことを守ってください。そんなささやかな祈りを捧げながら眠りの世界へと落ちていった。

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