Lilly7. 二回目の旅立ち

 国を捨てて新しい道を歩むか、また別の道を歩むのか。その岐路に私は立っている。アーシャ姉は国を捨てることを提案してくれた。でも私は『国を捨てる』という考えには同意したくないのだ。生まれ育った国を捨てるのはやっぱりしたくない。


「国を捨てるのは嫌だよ」

「しかしこの国に留まっている限り私たちは永遠に追われる身になる」

「それはそうだけどさ……」


 アーシャ姉は少し考えるような仕草を見せると、机の上に置かれていた本を広げた。私が見たときは白紙の本だったはずだが、アーシャ姉がペラペラとめくっているページには濃密な情報が書かれている。やっぱり魔力感知型の本だったのかな? それとも魔導書の類い? まぁ私には縁の無いものだけどさ。


「これを見てください」


 アーシャ姉が見せたページには地図が描かれていた。プトレ皇国の全体図が書かれており、ユーヒ村が国全体の南東、それも端の端にあることが書かれている。他にもいろいろな街が描かれていて、場所によっては行ったことのある場所もあった。


「これがプトレ皇国なんだ」

「ええ。ですが世界は皇国だけではない」


 地図が一瞬消えると、さらに広大な地図が描かれていた。そこにはプトレ皇国が何十倍も大きな島の一部分であることが示されていて、他にもいろんな国が存在していることが分かる。そもそもプトレ皇国そのものが大きな島の北側に位置していることからも、ここから南にも世界が広がっているという証左でもあるのだ。


「そして世界の全てが皇国に恭順というわけでもないのです。ここから少し南……自由都市イルヴェーナを抜けた先に存在するリリナシア王国は元来よりプトレ皇国と国家的に亀裂があることで有名です。ここならばプトレからの干渉をある程度防げるでしょう」

「……すごいね」

「すごいですか?」

「うん。私、これからどうしようって考えることで精一杯で具体的なことが全然分からなかった。アーシャ姉はもう先のことを見据えて動いてくれてたんだなって」


 アーシャ姉が少し顔を赤くして私から目を背けた。アーシャ姉は恥ずかしいことがあるとそうやって態度に示してくれるところが可愛らしい。


「……私がアルセーナを守らなければならないのです。当然の行いだと思いますが」

「えへへ、でもアーシャ姉のことはすっごく頼りにしてるよ。それで、リリナシアに行ってからはどうするの?」

「リリナシアは皇国からの亡命者を積極的に受け入れていると小耳に挟んだことがあります。一時はそこを拠点にする必要がありますが……あとはアルセーナが何を求めるかですね」

「何をって?」

「そのままリリナシアで一生を過ごすこともできます。一時的に力を蓄えてプトレ皇国に復讐するという選択肢も無いわけではありません。私としては復讐したい気持ちを否定することはできないのですが」


 私の望み、そんなのひとつだけだ。


「アーシャ姉と幸せに暮らしたい。……でもそれはユーヒ村じゃないといやだよ」

「その道のりは果てしないものになるでしょう。その覚悟はできていますか?」

「……できてるよ。その果てに命が尽きるかもしれないけど……それでも私はユーヒ村を取り戻したい!」


 ユーヒ村は皇国によって蹂躙された。きっと私たちがいなくなればここは更地に戻ってしまうのだろう。それでも私はここで幸せに暮らしたいという願いを捨てられなかった。ここには村の人たちやアーシャ姉、それに勇者さまとの思い出がたくさん残っている。その思い出を踏みにじられたことへの怒りは無いと言えば嘘になる。


 それでも私は赦す。赦さなければ怨嗟の鎖は解けないから。だから皇帝陛下に対して処刑を要求するみたいなことはしない。それでも聞いてくれないならその時は。その時は私も戦わないといけないのかな?


 アーシャ姉は優しい微笑みを見せると、私をそっと抱きしめてくれた。ずっと昔からしてくれたアーシャ姉のハグ。私たちの絆を示すためのルーティンだ。


「ならばまずはリリシアナに避難しましょう。そこで仲間を集めてもう一度ここに戻ってくるのです」

「仲間?」

「今はとにかく人手が必要です。それに……今のアルセーナには友達が必要ですから」


 友達、か。村の人たちも勇者さまも、みんないなくなってしまった。頼れるのはアーシャ姉だけ。それではダメだってことだよね。


「うん。アーシャ姉がそういうなら大丈夫」

「では荷物を整えてユーヒ村に別れを告げましょう。皆さんが私たちの背中を支えてくれますから」


 荷物を整えて私たちは教会の十字架に向けて祈りを捧げた。村の人たちの安らかな眠り、私たちの旅の無事、そしてここにもう一度戻ってくること。願いすぎだと思うけど……神様は少しくらい聞いてくれるよね。


 破れた窓から陽光が差し込む。それは旅路の始まりを告げる祝福の光陰。そして私たちの未来を導く道しるべだ。目を開いて前を向く。朗々と前を歩き、村に、そしてこの国に背を向ける。


「いってきます! 絶対に帰ってくるからね!」


 あの日。勇者さまに見初められて村を出たあの日と同じ言葉を投げかける。そう言っておけば絶対にここに戻ってこられるから。その時は笑顔で戻ってくるんだ。私の目には陽光に負けない輝きがもたらされている。強い決意を胸に私は新天地への一歩を踏み出した。

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