Lilly6. 生者の責務
その朝はあまりにも静かなものだった。普段なら飼っている動物の鳴き声が聞こえたり、朝から元気な子供たちの声が聞こえたりするものだが、そんな声は何も聞こえない。昨日までの出来事が夢などではない、直視すべき現実であることを改めて理解した。
隣を見ると、疲れているのかアーシャ姉がすやすやと寝息を立てて眠っている。昨日はずっと村の人たちを弔うために動きっぱなしだったから疲れているのだろう。今はグッスリと眠らせておいておくほうがいいと考えた私は、カバンを肩に掛けて部屋の外へと足を踏み出した。
教会の壁には未だに惨劇の跡をひしひしと残すように鉄黒の血痕がそこら中に飛び散っているが、死体がごろごろと転がっているあの惨状はもう無くなっていた。外に出ると、家があったと思われる場所に簡易的なお墓が建てられていた。木片を突き刺しただけのとても簡易的なものであるが、村の人たちが身につけていたであろうものが供えられているのを見ればその意味は容易に理解できる。
「っ……みんな、いなくなっちゃったんだ。私のせいで、みんな……」
お墓の前にしゃがみ込んだ私はただ涙を流しながら謝罪の言葉を紡ぐしかなかった。私が反逆者になった理由はきっと勇者さまと何かがあったから。でもその何かを私は理解できていない。私の無知が村の人たちを殺した。そんな罪悪感が今更上がってくる。
それでも私は前を向かなくてはいけない。こんな日でも空はいつものように青いし、雲はなんでもないと言わんばかりにふわふわと漂う。風はいつものように私の髪を撫でて、鳥は死者を葬送するかのようにさえずりの歌を送っている。
負けてたまるか。折れかかっていた心を奮起させて前を向く。
「皆さんの苦しみは私が代わりに持っていきます。ですからどうか安らかに眠ってください……」
目を閉じて祈りを捧げる。神様なんていないってアーシャ姉は昨日言っていたけど、それでも私は神様という存在を信じている。人の罪を赦すことが神様の役割なのだと。そして赦されるために私がやること、それはただひとつだけ。
「生き抜く。そして反逆者じゃないって証明してみせる」
涙を拭いて教会に戻ろう。朝ご飯は……きっと作れる材料はみんな燃えてしまっている。カバンには料理キットが入っているが材料が無ければ意味が無い。何かを狩るってのも難しいし、肝心のカバンの中にある食べられそうなものはポーションぐらいだけ。ポーションは食べるって言わないよね?
「アルセーナ、ここにいたのね」
「アーシャ姉おはよう」
「おはようございます。まずは朝食にしましょう」
朝食なんてあるのかと思いながらアーシャ姉の後ろをとことことついていく。そうやって優しくしてくれるアーシャ姉に私はしっかりと謝りたいと思っていた。だからアーシャ姉の服の裾を掴んで動きを少しだけ止めさせる。そして意を決して頭を下げた
「……ごめんなさい!」
「謝る必要はありません。村の人々もアルセーナを恨んでなどいませんから」
「そうかな……? 私のせいでみんな死んじゃって、私がここに来なかったらみんな楽しく生きられたのに……!」
「アルセーナは愛されていたのですよ? 愛されていたからこそ村の人たちは皇国に立ち向かったのです。反逆者という汚名を背負うことになってでも」
立ち向かう? その言葉に少し違和感を覚えた。村の人たちは無慈悲に蹂躙されたものだと思っていたから。蹂躙されたからこそ私はただ罪悪感を覚えるしかなかったのだから。
「武力では圧倒的な差がありました。私も剣を取り戦いましたが自分の身を守るのが精一杯。『あの力』を最初から使えば結果は変わっていたかもしれませんが……使えば村の人を巻き込んでしまう。それだけは許せなかった。だからアルセーナだけが責任を負う必要はないです。私もまた同じ罪を背負う者ですから」
「アーシャ姉……」
あの力。アーシャ姉の姿を変えてまで使ったあの黒い剣のことだろう。
「しんみりとした話はここまでにしましょう。私たちはまだ生きている。それだけで十分です」
「……そうだね」
アーシャ姉の部屋には焼かれたお肉が用意されていた。昨日の夜に狩った魔物を調理したものだという。朝から元気をつけるためにはもってこいの食材だ。これしか用意できなかったとアーシャ姉は頭を下げるが、食べられるものがあるだけ十分だ。
「いただきます!」
「いただきます」
生命への感謝を込めてお肉を頬張る。久しぶりに食べるアーシャ姉との食事はひとりぼっちのご飯よりもずっと美味しい。私たちはただ無心でお肉を喰らう。周りは最悪の状態だけど、今だけは最高だから、ね?
■
朝ご飯を食べてしばらくした後に、アーシャ姉が私に質問を投げかけてきた。
「アルセーナ、これからどうするつもりですか?」
「とにかく生きるよ。どんなことをしてでも。あ、悪いことはしないけどね? アーシャ姉はどうするの?」
生きる。今の私にはそうすることしかできない。反逆者って言われてるからもう街の真ん中を歩くことは無理。それでも私は元勇者パーティの荷物持ちなのだ。勇者さまの背中を見て学んだことはいっぱいある。私にとってそれは十分な力となるだろう。
「昨日の出来事はアルセーナを重罪人と定義するのに十分な意義を果たしてしまった。そうなればこの村に根付いている私もアルセーナと同じ重罪人であると言えましょうね。だからアルセーナと一緒に亡命します」
「亡命?」
「国を捨てて新しく生きるということです」
国を捨てる。つまりプトレ皇国から別の国へ逃げるということだ。……逃げる?
「アルセーナ、私が貴女の剣になります。ですからどうか私を側に置いてくれませんか?」
その決断が私にとって重大なものになる。直感でもなんでもなくそうだ。この国を捨てるかどうか、その命運が私に託されている……!
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