Lilly5. ふたりの繋がり
アーシャ姉がおかしくなってしまった。さっきまでカッコいい剣を振るいながら私を守ろうと戦ってくれていたアーシャ姉がキス魔と化して私に襲いかかっている。
「ちょっとアーシャ姉どうしちゃったの!?」
「はぁ……はぁ……やっぱり抑えられない……!」
「ちょっ、きゃっ!」
私たちはもつれるように倒れ込むと、アーシャ姉が獲物を捕らえた魔物のような瞳で私を見ている。これって治せるのかな? ポーションとか飲ませれば……ってアーシャ姉が私の腕を掴んできた! これじゃ薬を出すこともできないよ!
「お願い……今すぐキスさせて。ちょっとすればすぐ元に戻ると思うから……」
「わかったよ、だから乱暴するのはやめて……?」
「……大丈夫。すぐに終わるから」
少し落ち着いてきてはいるものの、それでもアーシャ姉は苦しそうな瞳で私を見ている。キス……をするのは初めてだけど、それがアーシャ姉なら悪くないとは思う。こういうのって男の人とするものだと思っていたからちょっと新鮮ではあるのだけれど。
アーシャ姉は私の頭をそっと持ち上げると、まるで童話の王子様のように口づけを交わした。激しさを感じさせない口づけに、私はこんなものかと安堵する。もっとえげつないものをされるのかと考えていたからだ。一回だけ手違いで見てしまった舌を絡めるような口づけ。きっとそういうものをしてくるのだろうと。
気持ちいい、と思った。キスをしたいという願いが呪いだとしても、今キスをしている相手は誰でもないアーシャ姉だ。小さい頃から本当のお姉さんのように優しくしてくれて、大切にしてくれた私の大事な人。そんな人にキスをされることに拒否反応を示すだろうか? 示すはずがない。だからさっきまでのこわばった顔はいつの間にか解けていて、キスをすることを純粋に楽しんでいる自分を見つけてしまっていた。
「……ごめんなさい」
「なんで謝るんですか?」
一通りの口づけが終わると、アーシャ姉も冷静さを取り戻したようで申し訳なさそうに私に頭を下げた。
「キスって大事なものでしょう? アルセーナの大切な人に取っておくべきだったのにこんな形で済ませるなんて」
「私は……アーシャ姉でよかったよ?」
「っ……そう面と向かって言われると恥ずかしいわ」
アーシャ姉はどこかやり場のない表情を見せていたが、すぐにいつものアーシャ姉のような真剣な表情へと戻る。
「まずは村に戻りましょう。生き残っている人がいるかもしれないわ」
「そうだね」
「ここにアルセーナが来てるってことは……神父はもう」
「……はい」
さっきまでの空気が一転、沈痛で鈍重なものへと早変わりだ。私たちの村は皇国軍の兵隊さんに蹂躙され、村の全てが灰燼と化している。今戻ってもそこにあるのは廃墟と死体だけだろう。
ユーヒ村に戻ると、そこには未だに火の手が上がっていて、村中に腐肉が焼けたような悪臭が漂っていた。むせ返りそうな臭いの中でもアーシャ姉は街に転がっている死体をひとつひとつ教会へと持っていく。私は街で燻っている火種をひとつひとつ消していく。そしてなんとか消火しきると私はアーシャ姉の作業を手伝うために話しかけた。
「アーシャ姉、私も手伝っていい?」
「……アルセーナには早いわ。見ていて楽しいものでもないでしょう」
「でも、ちゃんと弔ってあげないと」
「その気持ちだけで十分よ。私の部屋で休んでいて。あそこはまだ休める場所だと思うから」
そう言われて私はアーシャ姉の部屋に押し込められてしまった。確かにここなら多少は気休めになると思う。アーシャ姉の部屋は小綺麗に片付いていて、ここだけ何も無かったかのようだ。しかし、そんな部屋の中に気になるものがひとつ置いてあった。
それは一冊の本だった。そこそこの厚みがあるのに背表紙に何も書かれておらず、表紙も謎の紋章が刻まれているだけの謎の本。ペラペラと中身を見ても、白紙のページがただ続くだけの面白みのない本だ。本じゃなくてメモ帳だったり? メモ帳にしては分厚すぎると思う。それとも魔導書の類いなのかな? 私の魔力がダメダメだから読めない的な。そういうことだと思いたい。
カバンを机においてベッドに横たわると、一気に眠気が襲ってきた。馬車で揺られてきたこともあるけど、夜の出来事は肉体的にも精神的にもどっと疲労を感じさせるものだった。だから今だけはグッスリと休ませてほしい。アーシャ姉のベッドからは仄かにアーシャ姉の香りがしていた。その香りだけあれば私は大丈夫。アーシャ姉がああなった理由はよく分からないけど……
だから今日はおやすみなさい。きっとこれは夢じゃないけど、明日はきっといい日になるよね?
■
その夜の夢は懐かしい夢だった。私が勇者さまと旅に出る前のアーシャ姉との思い出の夢。何をしてもダメダメで周りの人たちが私を見放したことがある。そんな自分に嫌気が差して、ひとりで村の外へと出て行ってしまったときの話だ。
そう、こうやって森の中を彷徨っているうちに私は迷子になってしまった。わんわんと泣きわめいたところで助けが来るわけでもない。むしろ、魔物のテリトリーにどんどんと近付いていっているようなものだ。だから私の泣き声を聞きつけた魔物が現れて私のことを食べようとしてくる。
「やだっ、やだやだぁ!」
どこに向かっているかも分からない。ただ深い森の中を縦横無尽に駆け回るうちに魔物を撒くことができたが、ついに自分の居場所が分からないまま夜になってしまった。あの日も今日みたいに満点の星空に流星が降り注いでいたっけ。そんな空を見ていても何も分からなくて。もう泣く気力すら枯れ果ててその場で意識を失ってしまった。
「目覚めましたね」
「……あれ? 私、なんで? なんでアーシャ姉がいるの?」
「探しましたよ」
アーシャ姉だけは私のことを見つけてくれた。こんな深い森の中で私のことを見つけ出して、光の障壁で私のことを守ってくれていた。
「わあああああん!」
「まったく、アルセーナは甘えん坊ですね」
アーシャ姉の服をビショビショに濡らすほどその夜はただただ号泣していた。それ以来、アーシャ姉は私にとって普通のシスター以上の存在になっていた。お姉ちゃんかそれ以上か、それくらい私にとっては大切な存在だ。
そしてアーシャ姉もまた私のことを本物の妹のように可愛がるようになっていた。私に対する悪評に身を挺してぶつかっていったのもまたアーシャ姉で。いつしか私たちは一心同体、ふたりでひとりの存在として確立していった。それから私が勇者さまに認められて旅立とうという時にこのカバンをプレゼントしてくれたんだ。
「アルセーナは『何もできない』わけではありません。『なんでもできる』余地をまだ十二分に残しています。そのカバンのように無限大に知識を、経験を取り込んできなさい」
旅立ちの日にくれたこのカバンをずっと愛用してきてた。いろんなところにいったおかげで見た目はボロボロになっているところもある。それでもこのカバンはアーシャ姉との繋がりなんだ。
だから明日どんな決断が待っていても大丈夫だ。だって私の繋がりは絶対に失われないから!
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