Lilly4. アーシャの復讐
それは私が知っているアーシャ姉とは全くの別人だった。顔立ちの似ている姉か妹でも言ってくれたほうがまだ信用できるというレベル。手にしている剣はこの世の光を全て呑み込んでしまいそうなほどに真っ黒に染まっており、退廃的な雰囲気を醸し出すアーシャ姉にあまりにもマッチしすぎていた。
「早く馬を走らせろ! こんな辺境にもう用はねぇんだ!」
「逃がさない」
アーシャ姉が剣を振るう。瞬間、その切っ先から紫がかった黒色の衝撃波が飛び出し、先導していた兵隊さんへと食らいつく。
「ぐわあああああ!!!!!!」
「なっ、なんだあれは!?」
背後から衝撃波を喰らった彼らは叫び声と共に中空へと放り投げられた。その威力は私が見てきたどんな力よりも強大で果てしない。勇者さまの力よりも強いのではないかと錯覚するほどに規格外のパワーで敵を蝕む。
「先導隊はあのバケモノの対処にあたれ! 引きつけている間に距離を稼ぐぞ!」
「だから無駄だって」
邪悪な笑みを浮かべるアーシャ姉。左手が下腹部にそっと添えられると、下腹部からの光がより強くなる。あれは……紋章? アーシャ姉に刻み込まれている紋章のようなものが光っているの?
そしてあの黒い剣も紋章の輝きに導かれるように妖しい光を放つ。そしてその光が最大限まで高まった次の瞬間、その剣は星降る夜空を今にも貫かんばかりに高々と
「アルセーナを返しなさい。返せば命だけは助けてあげるわ」
「やれえぇぇぇ! 皇帝陛下万歳!!!!!!!」
「そう。ならサヨナラね」
剣の柄に左手が添えられ、薙ぎ払うように刃を振るう。そこからはさっきのような黒色の衝撃波が飛んでくるが、それは先ほどの比ではない。それは嵐、大嵐だ。全ての生命を等しく無残に吹き飛ばす自然の怒り。アーシャ姉はその嵐を以て不埒なる侵略者に裁きを与えようとしているのだ。だがその中には私も含まれている。だから、
「きゃああああああ!!!!!!」
「……アルセーナ!」
その強すぎる衝撃に耐えることができず、私は星降る空を眺めながら大地へと落下していく。さすがの勇者さまでも空に吹き飛ばされたときになんとかするアイテムは用意してくれていないよ!
しかしそんな私を助けてくれたのは、
「大丈夫ですかアルセーナ?」
「……アーシャ姉?」
また私の大好きなアーシャ姉だった。お姫様のように抱えられて空の散歩を楽しむ私たち。アーシャ姉の背中に生えている翼は幻覚でもなんでもなく、本当に飛ぶために使われているようだ。そして右手に握られた剣は元のサイズに戻っている。
「……守れてよかった」
「アーシャ姉、泣いてるの?」
「アルセーナ、あいつらをどうしたい? 村の人たちを奪ったあいつらを……どうしてやりたい?」
殺してしまえと囁く声がする。鎧の効果もあるのか、吹き飛ばされた兵隊さんは地面を這いつくばりながらこちらの方を見ている。もはや弓を引く気力もないと言った感じで、戦意を既に失っているといったところだ。
でも、本当に殺してしまったらそれこそ私が反逆者になってしまう。この人達は仕事で私の村を燃やしたのだ。それは、皇帝陛下が私のことを反逆者だからって言ったから。だから悪いのは陛下だけだ。勇者さまは私にいろんなことを教えてくださった。それでも私はひとつだけ忘れられない言葉がある。
『命を殺めることは責任が伴うの。無責任な命の略奪は勇者として絶対にしない。私が勇者になってからそう決めてるんだ』
「私には殺せって命令できない!」
「……優しいところは本当に変わってないのね」
すると、私の視界が突然真っ暗になる。これは……闇魔法? アーシャ姉が私にかけたの? アーシャ姉は光魔法しか使えなかったはずなのに。
「ああ、もうこんなに馴染んでしまっているのか。アルセーナ、耳を塞いでおいて」
「アーシャ姉!?」
言われるがままに耳を塞ぐ。その瞬間に、兵隊さんの断末魔が何度も、何度も響き渡る。何が起きているか、真っ暗闇の中でもそれは一瞬で理解している。目には目を歯には歯を。虐殺には虐殺を、だ。振るわれるその一太刀一太刀がアーシャ姉の、村の人々の怒りが込められた凶刃と化して悪しき者どもを切り裂く。
「いやっ! いやぁぁぁぁぁ!!!!!!」
「アルセーナの思いは理解できる。理解できても……お前たちだけは許せないッ!」
「やめてアーシャ姉ぇ! これ以上やったらアーシャ姉まで反逆者になっちゃうよ!」
「上等だ。無慈悲な蹂躙を受けて『はいそうですか』と受け入れろ? そんなことできるわけないだろ!」
カバンからポーションを取り出して一気に飲み干す。目の前の視界が一気に開けると、そこには恐慌状態の兵隊さんたちに何度も黒刃を突き立て、切り裂き、薙ぎ払うアーシャ姉の姿があった。
「もうやめてよアーシャ姉!」
「……離せぇッ!」
しがみついてでも止めようとする私を振り払ってアーシャ姉の強襲が続く。
「言葉では赦していても心の中では赦せないことだっていっぱいある。そんな時神様はどうした? 何も助けちゃくれない! 助けてくれたら今でもみんな幸せに生きられたんだよ! アルセーナだってそうでしょ!? 本当はこいつらが憎いはずだ。憎くて憎くて仕方がない! 今すぐにその命を奪いたいって、そう思うのが人間ってもんだろ!?」
「それでもっ! ここで兵隊さんを殺したって過去のことはもう戻ってこないんです! それに殺してしまったらまた同じことが起きてしまう。殺して殺して殺し合って。そんな世界にアーシャ姉を巻き込みたくないの!」
アーシャ姉の動きが止まる。その隙に私はアーシャ姉に後ろから抱きついてこれ以上の動きを制限させた。アーシャ姉の手から剣が滑り落ちる。地面に突き刺さったそれの前にアーシャ姉が崩れ落ちた。私も同じようにしゃがみ込み、アーシャ姉の顔をただ見つめる。
アーシャ姉の顔は後悔と痛哭が入り乱れた表情でグチャグチャになっていた。もはやここに現存する生命は私とアーシャ姉しか存在していない。不快な鉄の匂いがそこら中から漂っているこの状況を見ればそれを思うのは容易なことだった。
アーシャ姉が元の身体へ戻っていくにつれて、突き立てられた剣も黒い粒子となって空へと還っていく。そして全てが還った瞬間に、アーシャ姉が急に自分の胸を掴んで苦しみ始めた。
「アーシャ姉大丈夫!?」
「はぁ、はぁ……」
荒々しい息を吐きながらなんとか立ち上がろうとするアーシャ姉。私はそれを支えてフォローするが、アーシャ姉の顔が明らかに赤い。体調的に万全でないと判断した私は回復用のポーションを渡そうとするが、アーシャ姉はそれを拒んだ。
「アルセーナ……ごめんなさい」
「アーシャね、っ……!?」
その行動の意味を私は理解できなかった。理解することを拒んだというほうが正しいのかもしれない。アーシャ姉の右手が私の腰に回され、もう片方の手が私の顎を優しく触っている。アーシャ姉の顔は紅潮というよりかは興奮に近いバロメーターだと思う。
「アルセーナ、なんて可愛らしいのかしら」
「……アーシャ姉? 顔、近いですっ……から……!」
「ふふっ……食べてしまいたい」
根源的な恐怖を感じた。視線を逸らして見えた下腹部にはあの紋章が未だに艶めかしく光っている。……もしかしてアレが原因なのかな?
「ねぇアルセーナ」
「はっ、はい」
「キス……しましょう?」
こんなのいつものアーシャ姉じゃないよ!?
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