Lilly3. 皇国の襲撃
「アーシャ、話ってなに?」
「アルセーナ、なぜ帰ってきたのですか?」
「勇者さまが一回帰ったほうがいいって」
「嘘です」
教会の地下の一室。そこには私とアーシャ姉しかいない。そしてアーシャ姉とのいろんな思い出が詰まっている場所でもある。そんな場所で私はなぜかアーシャ姉に叱責されていた。
「さしずめ用済みとして捨てられたのでしょう?」
「アーシャ姉でもそういう言い方はないよ!」
「捨てられたことは認めるのですね?」
「それは……そうかもしれないけどさ!」
今日のアーシャ姉はなんか厳しい。前のような優しいアーシャ姉は私がいないうちに消えてしまったのだろうか? そうビクビクしながらアーシャ姉のほうを見るしかなかった。
なんとも言えない膠着状態を破壊したのは、神父さんが突然この部屋に入ってきたことからだった。
「て、敵襲だ!」
「!?」
「敵襲ですか。さしずめはぐれた魔物の群れですからそんな深刻な顔をしなくても」
「皇国軍が攻めてきたんだよ!」
その言葉にアーシャ姉も驚きを隠せないでいる。皇国軍はプトレ皇国の陛下直々に率いる精鋭部隊だと聞いたことがある。勇者さまと一緒に王城へ行ったときもそれっぽい人がたくさんいた。それがこの村を攻めてきている? なんで?
「彼らはなんと言っているのです?」
「反逆者を匿った村は焼き討ちにするという陛下の命だと」
「……アルセーナ、絶対にここから動かないでください。神父、アルセーナのことを頼みます」
そう言い残すとアーシャ姉は風のように部屋を後にしていった。神父さんは私を抱き寄せて頭を撫でると、
「ここに隠れていなさい。……私もアルセーナくんの保護者としての責務がある」
机の下に隠れるように言うと、神父さんがドアの横に立ってくれた。神父さんがいるという安心感こそあるが、未知の事象に私の頭の中はパニックに陥っていた。
反逆者を匿ったってどういうこと? もしかして私のせいなの? 私のせいで罪のない村の人たちが大変な目に遭っているの? 私は何もしていない。何か国に反逆するような、そんなことをした覚えなど何一つ存在しないのだ。
私はただ頭を抱えて机の下でうずくまる。永劫に近い時間が流れる中、私の心の中に勇者さまを思い浮かべて耐えるしかない。勇者さまならこういう時に颯爽と私を守ってくれる。でも今の私には勇者さまはいない。心の中の勇者さまは私に勇気をくれるけど、強い力まではくれないのだ。
しばらくしてドアが乱暴に開けられる。金属が擦れる音が聞こえるのを察するに、どうやら皇国軍の兵隊さんがやって来たのだと思う。そして耳をつんざくような声で神父さんに問いかけた。
「ユーヒ村の住人には反逆者隠匿の罪状がかけられている! 素直に吐けば命だけは助けてやるぞ!」
「反逆者と言われてましても……微塵も知らないことです」
「アルセーナという女だ。知らないとは言わせないぞ」
「はて……」
「ここまで運んできたという馬車の証言は得られているんだ!」
あの馬車の運転手さんが悪い人だったの? いや違う。あの運転手さんはただ職務を全うしただけだ。きっと私が使ったあのチケットだと思う。そこに何かの仕掛けがあって、それで私がどこに言ったのかを見つけ出すのだ。どこに行ってもきっとあの兵隊さんは私を追いかける。となると勇者さまが? ……もう何がなんだか分からない。
「とぼける気ならお前も反逆者の一味として処刑する!」
「……私は神と共にある。死など恐れない」
「なら望み通りくたばれッ!」
神父さんの呻き声と、こちらにまで飛んでくる暖かい何か。その意味を理解することを脳が拒む。私が見つかれば私も同じように殺されてしまう。それだけは絶対に嫌だ!
何か、何か無いか。神様、勇者さま、アーシャ姉、私に力をください。この苦境を抜けるための一手をお導きください!
「……!」
これならいけるかもしれない。乱暴に開けられたドアは既に破壊されており、兵隊さんの隙間を縫うことができればここから出られるだろう。その為には一瞬でも足を止めることさえできればいい。
手のひら大のボールに刺さっているピンを外してそれを転がす。勇者さまが『スタンボール』と呼ぶこれには強烈な光魔法が内蔵されている。光魔法そのものはただ強烈な光を放つだけの代物だが、こんな暗いところでそれが発動すれば。
「ぐおっ!」
「前が見えねぇッ!」
一瞬だけの目くらましになる。その隙を突いて部屋を飛び出し地下から脱出して地上へ上ると、そこには凄惨な光景が広がっていた。教会には逃げ込んだ村の人たちが既に物言わぬ死体としてそこらに横たわっている。強烈な腐臭にむせかえりそうになるが、まずはここを出なければならない。
しかし外もまた地獄であった。家には火が放たれており、生きているか死んでいるか分からない人のような何かが無造作に放置されている。この世のものとは思えない光景に声を上げそうになるが、それをぐっとこらえて村の出口へと向かう。
でも周りには兵隊さんがぐるぐるしていて、下手に動けば見つかってしまう。さらに地下には神父さんを殺した兵隊さんもいる。このままでは挟み撃ちになってしまう。火の粉がそこら辺に飛び散っているせいで、私の服もちょっと焼け焦げている。長居し続ければ火だるまになってしまうのは火を見るより明らかだ。……今目の前に火を見てるんだけどね!
「……行くしかない」
自分の中で冗談を言える精神状態になったことで覚悟がついた。カバンの口を開けておき、いつでもスタンボールを投げつけられるようにしておく。スタンボールの残弾はまだある。勇者さまに作り方を習っていっぱい作っておいた甲斐があった。
村の出口はひとつだけ。村の周囲には魔物対策の柵が張り巡らされており、小さい私が乗り越えるのはあまりにも無謀だ。だから隠れながら兵隊さんの目を避けつつただ愚直に前へと進軍していく。じわりじわりと近付いていくが、出口の様子を見て私は絶望するほか無かった。
「(こんなの無理だよ……!)」
出口の前には大量の軍勢が取り囲んでおり、のこのこと出てくれば弓矢で一網打尽にされてしまうだろう。さらに不運なことに、
「見つけたぞ! 反逆者だ!」
「ひぃっ!」
兵隊さんにも見つかってしまう。燃え盛る村の中での追いかけっこ、さらに体格差もあって逃げ出すことなどできず私は兵隊さんに首根っこを掴まれてしまった。
「お前がアルセーナだな? 国家反逆罪で陛下から死刑判決が下っている。今すぐ王城まで来てもらうぞ!」
「は、反逆!? 反逆なんてしてないよ!」
「つべこべ言わずに来い!」
そして村の出口まで引きずられていく。私が一体何をしたの? その罪の理由が全く理解できないままに兵隊さんに連行されようという時に、ふと私たちを呼び止める声がした。
「待ちなさい」
「……? あぁ?」
「今すぐその子を離しなさい」
「アーシャ姉……?」
そこにいたのはアーシャ姉だった。着用している修道服はうっすらと血で汚れ、所々に焦げ跡が見えることを見れば今まで何をしていたかの想像は容易い。その手には細身の剣が握られており、その剣ひとつで村の人を守ろうとしていたのだろう。
「お前も反逆者の一味だな? だったら容赦はしねぇよ!」
私を捕まえていた兵隊さんのひとりがアーシャ姉に斬りかかる。しかしアーシャ姉はそれを受け流し、地面へと転がした。そして鎧の隙間へと剣を突き立てる。兵隊さんはそのままピクリとも動かなくなってしまった。
「……! 総員撤退しろ! 反逆者はもう捕らえた! あとは王城まで戻るだけだ」
「それを許すと思いますか?」
引っ張られていく私が目にしたのは、剣を地面に突き立てるアーシャ姉の姿。そしてアーシャ姉は静かに詠唱を開始した。その詠唱は私が一度も聞いたことがないもので、それを使うアーシャ姉の周囲に紫色のオーラが漂い始めているのを明確に目視した。
「主よ、我が行い、我が咎に赦しを。『人が神を捨て魔が主を捨てるとき、世界は終演へと至る。我はそれを逆行するもの、終演の幕を裂く一筋の剣なり……!』」
祈りを捧げるように言葉を紡ぎ上げると、アーシャ姉はお腹のあたりをこすり始めた。そしてお腹のあたりに不気味な光が灯ると、右腕を横に突き出す。
突き出した右腕に一振りの剣が宿る。アーシャ姉の目に紫炎が宿り、クリーム色の優しい髪色が徐々に目の炎と同じような色合いにまで変化していく。そして私はアーシャ姉の背中に翼を幻視した。そして右腕の一振りで放たれた衝撃波が村の防護柵をいとも簡単に破壊する。それは刀身まで真っ黒に染まった邪剣と呼ぶべき代物。勇者さまが使っていた剣とは正反対のものだった。
「さぁてと……この姿、見ちゃったね? なら……生かしておけないかなァ!」
その姿はまるで魔族のようで。アーシャ姉の変貌に私はただ言葉を失うしかなかった。
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